8月21日、無事に結婚式が終わった。
もろ手を挙げて100点満点の式だった!
なんて問屋が卸すわけがなく・・・。
正直、「なんでやねん!」「打ち合わせ済み事項ですけど、これ!」
と怒りマークが額に浮かび上がりそうになることも多々あった結婚式。
(特にカメラマン。顔を思い出すと未だに腹が立って寝られない程)
日本から来てくれた両親、友人も
我がカナダ田舎流結婚式にさぞや驚いたことだろう。
いや、実際「花嫁がここまでするわけ!?」と驚愕していた。
だよね。
だがしかし、カナダ人サイドの感想としては「とってもすばらしい式だった」とのこと。
段取りや進行のスムーズさ、けじめを重んじる日本人からしてみたら
なんともなし崩し、間延び感の残る式だったけれど、そこは全く気にならなかった模様。
私だけ?もやっとしてるのは・・・・。
私ものすごく未だにもやっとしてますが。
自分よ、振り返ることなかれ。
反省会をしたところで次に生かす場所もなし。
総括的に見てプラス寄りだったら良しとするべし。
みんなに祝福されてこの日を迎えることができたという点において
幸せな結婚式だったことに変わりはないのだから。
そうだ、自分。
明日へ向かってゴー!
結婚式の後は両親、友人たちと時間を惜しみつつ怒涛のスケジューリングによる観光。
この街にあるお気に入りの湖畔を散歩したり、家族とBBQをしたり、
『赤毛のアン』の島プリンスエドワード島に行ったり、ミュージカルを見たり、
港町にあるファーマーズマーケットへ行ったり、夜中の森を歩いたり、
そうそう、お化け屋敷にも行ったっけ。お化け屋敷自体はそれほどでもなかったけど
出口が分からなくて怖い思いをしたわ。
本当にいろんなことをした。
相方もがんばった。
母は人に会う度に目を赤くしながら私にこうお願いした。
「markikoをよろしくお願いしますって伝えて」
義理の母はそんな母にこう伝えてくれた。
「心配しないでください。私たちはみんなmarkikoを
大切にしますから。いつも側にいますから。」
空港で別れる時、ふと母を見ると泣いていた。
父の目も赤かった。相方も、友人も。
我らを見てもらい泣きしていたカナダ人もいたに違いない。
(たぶんね)
空港の別れというのは本当に嫌いだ。
空港に限らず、別れというのは嫌なものだ。
こういうのが苦手なくせにいろんなところに行くもんだから
必然的に別れる場面が多くなる。
自分の選んだ道とはいえ、時々他の選択肢はなかったものかと
頭を抱えたくなる。
それでも自分の選んだ人生。
いろいろな人に支えられてここまできたのだから、
ここでしっかり根を張って幸せになろう。
それが遠く離れたところに嫁いでしまった私にできる
一番の親孝行だと思って上を向いて歩いていこうと思う。