私は今後の身の振り方を学生に伝えていない。
でも、どうもタイ人の先生が言ってしまったらしく、
ある日、一人の他学科の学生にダイレクトに聞かれた。
「先生、結婚するって本当ですか?」
「え・・・何の話ですか?」
「結婚」
「えっと・・・。するかどうか分かりませんが、誰に聞きましたか?」
「みんな言っています」
「日本語学科の?!」
「はい」
なぜに私には誰も聞いてこないんだ!
みんな怖くて聞けないのか?
あるいは興味がないのか?
かるいショック。
その裏事情が明らかになった。
昨日、最後の挨拶にと会いに来てくれた学生に、
どうして、日本へ帰らなければならないんですか?と聞かれ、
ちょっと言ってみることにしたのだ。
「あのね・・・実はね・・・先生、結婚を・・・・してみようかな・・・」
「ええ!?!?!」
「げ!やっぱり知らなかったのね!いや、今のことは忘れて。
あの、今のところする予定というだけだからして・・・
・・・っていうか、みんなはやはり全然知らなかったの?」
「みんな、少し聞きました。でも、本当かどうかわからないから・・・」
思い起こせば、私、常日頃から「恋人」「結婚」については
かなりオープンに授業で例文として取り上げていました。
導入例)
A:最近のドラマみた?「ブザービート」面白いよねぇ。
ヤマPかっこいいよねぇ。
B:うん。あ!ヤマPといえば、今朝の新聞みた?
今度、markiko先生と結婚するらしいよ!
※~といえば:Nに関係がある新しいトピックを話す。
こんなことを新聞や合成写真まで使って導入していた
ものだから、学生からしてみれば今回のことも、ある意味
(どうせまたいつものあれだよ)となったのも納得。
オオカミ教師か!
まぁしかし、オオカミ教師となったおかげで、
今後の身の振り方について露呈することなく、
純粋に学生との別れをかみしめることができたから、
まぁこれはこれで良かった・・・のか?
露呈というと悪いことみたいだけど、
気持ちとしては、「結婚おめでとう」と送りだされるほど
すがすがしい気持ちではなく、次はもっとこうしてみたかった、
もっとああしてみたかった、そして何より、学生の成長する
姿をそばで見ていたかった。
とどのつまりは私は未練たっぷりなのです。
(相方、ごめん)
人生の岐路というものはこれまでもいくつか経験してきたけれど、
それでもやはり一歩踏み出すのは辛いものです。
毎日学生がばらばらと会いに来てくれるものだから
泣いたり笑ったり、夕方になるともう本当にぐったり。
目がしばしば、ばしばしで、老化現象かと思うほど。
「私はさようならは言いません。
また先生に必ず会えると信じているから」
そういってぽろぽろと涙をこぼしてくれた学生。
「私は、先生のせいで日本語が上手になってきました」
そういってみんなから大ひんしゅくを買った学生。
「私はこのままでは家庭的な人間というより
ひきこもりになるかもしれません」
そういって別れの挨拶が人生相談になってしまった学生。
(家庭的な人間と引きこもりは決して同列ではない)
「私は先生にいままでいろいろなことを教えてあげました」
ありがとう。
歩く名言集の彼らと毎日向き合って成長しあえる日々は
本当にすばらしかった。
みんなみんな幸せになってほしいな。
土曜日の午後、ちょっと感傷的なまま
書き綴ってみましたとさ。
おわり。