みなさん、こんにちは!
今年も、残りあと1日となりました。
今日しかない…
と思うと、
やり残したことばかり…
が頭に浮かび、
気ばかりが焦る…
ものです。
神や仏でもない限り、これも、致し方ないことなのかもしれません。
ただ、ほんの少し考え方を変えれば、
今日1日…
まだ1日…
あるともいえます。
たしかに、
今日1日だけ…
では、
やり残したことすべてができない…
かもしれません。
しかし、
今日1日、悔いのないように頑張る…
ことはできるはずです。
そこで、今日は、毎年書かせていただいている、
松下幸之助翁の言葉、2編…
を、みなさんに贈りたいと思います。
ぜひ、心静かに読んでみてください。
「志を固くして」
みなさんが学校を卒業されるまでには、相当勉強も、努力されたと思います。
なかにはそれを苦労とも骨折ったとも考えない、生まれつき非常に優秀な方もあるかもしれません。
が、私はやはり学校へ入るのも競争、また卒業するのもある種の競争のうちにそれを突破されたのですから、相当みなさんは苦労を重ねてきておられると思います。
しかし、みなさんは、そういった苦労以上の苦労を実社会においてされるわけです。
世の中をバカにして、何でも適当にやっておけばいいのだというような生活態度をとる。
それはそれでもやっていけるかもしれません。
しかし責任を責任として自覚し、それを遂行するに対して努力をしていく過程においては、ある場合には身のやせるという思いをすることもあるでしょう。
そして、そういう思いに直面してなおかつ動揺せずしてそれを突破するという非常な勇猛心があってこそ、よりよき成長があろうかと思うのです。
私どもの商売にしても、今日までくるにはただ夢のようにやってきたのではありません。
ある場合には、あす支払いする金がない、これをどうやってつくったらいいのだろう、というような場面も再々ありました。
十二月の大晦日に、どうしてもこの金を払わないといけないのに、時計を見れば十一時です。
十一時からでももう一ぺん集金に行こう。
普通なら十一時頃に集金に行けば非常に叱られる。
しかし、きょうは大晦日だから、十一時すぎて集金に行っても叱られることはないだろう。
よし行こう。
そうして、その苦しいところを訴えてなけなしの金を支払ってもらった。
こういうようなことも再三あったのです。
そういうことを経て今日の姿がつくられたのです。
これはひとり私どもだけでなく、今日成功しつつあるといわれる会社は洋の東西を問わず、みなそういう困難に直面して、その困難を乗り越える努力をしてきているわけです。
ですから、みなさん個人としても、社会人として立っている以上は愉快に一杯飲む、盃をあげるという場面もたくさんあるでしょう。
しかしある場面では、それぞれの会社がそういう苦労をして今日をつくったごとく、みなさん個人においても、そういう苦しい場面に立ってなお動揺せず、志を固くしてそれをつきぬけていく、努力を続けていく、というようなことが起こってくるだろうと思います。
そういうことなくして、人間の本当の魂というものはつくられないものだと思います。
道は無限にある 松下幸之助著
「対処の道」
自分が困るから、それであれこれと思案して、自分が困らないようにあれこれと対処もするのだが、自分が困るというただそれだけで、いくら案じ、いくら対処してみても、しょせん道はひらけない。
策は生まれない。
一つがほどけても、また他にもつれができてきて、そのもつれがほどけたら、また別にもつれが起こってきて、果てしもなく限りもない。
それも人の世の常なりと観じるなら、それはそれでよいけれど、自分が困るときは、実は他人も困ることが多いので、だからせめては自分だけの対処の道を考えるのでなくて、自分も他人もあわせて困らないように、あわせてうまくいくように、そんな思案をめぐらして、そんな対処の策を求めてみる。
そんな努力もしてみたいのである。
案外、道がひらけてくる。
いろいろと事の多かったこの年も、まもなく除夜の鐘が鳴る。
お互いに、あれこれと案じてあれこれと対処して、それでうまくいったこともあるし、いかなかったこともある。
なぜだったのか。
この年の暮れに、今一度静かにふりかえってみたい。
個人もまた国家も。
続・道をひらく 松下幸之助著
今年も一年、みなさまに格別のご愛顧を賜りましたこと、厚くお礼申し上げます。
来る年も、みなさまにとって輝かしく健やかな一年でありますよう、心よりお祈り申し上げます。
happy 拝