中国の端午節とは、中国や漢字文化圏の国々で伝統的に祝われる文化の祭りです。戦国時代の楚国の詩人である屈原が五月初五に汨羅江に身を投げて自殺したという伝説に基づいて、後世の人々は端午節を屈原を追悼する祭りとしました。また、伍子胥や曹娥、介子推などを記念するという説もあります。端午節は自然天象の崇拜から発祥し、上古時代の祭龍が変化してきたものです。仲夏の端午節は、飛龍在天(空に飛ぶ龍)の吉祥な日であり、古代の人々は端午節に龍に関連する活動を行いました。例えば、龍のトーテムを拝祭したり、龍舟競渡(竜舟競争)をしたり、またはこの日に祈福や除邪(邪気払い)などを行ったりしました。端午節は「龍の祭り」とも言えます。龍と龍舟の文化は端午節の歴史的な伝承に貫かれています。

端午節には多様な風習があります。伝統的な風習としては、竜舟競争や粽(ちまき)を食べたり、艾草(よもぎ)や菖蒲(しょうぶ)を飾ったり、香袋(こうだい)や長命縷(ちょうめいる)などを身につけたりすることがあります。これらの風習は祈福や除邪の意味があります。また、地域や文化によっても風習や名称が異なります。例えば、北方では端午節を「恶月恶日」(悪い月悪い日)と見なし、未満周歳(1歳未満)の子供を外婆(おばあちゃん)の家に隠す「躲午」(かくれご)という風習があります。日本では端午節と同じ五月五日に「端午の節句」や「こどもの日」という祭りがありますが、これは中国から伝わったものです。

端午節は中国四大伝統祭日(春節・清明節・中秋節と並ぶ)の一つであり、豊かで多彩な民俗文化を反映しています。また、2008年には国家法定休日となり、2009年には中国初の世界無形文化遺産に登録されました。端午節は古代から現代まで中国人民の精神文化生活に深く影響を与えてきました。端午節には多くの詩や故事があります。例えば、宋代の詩人である蘇軾は「浣溪沙・端午」の詩で端午節の風景や屈原への思いを詠んでいます。また、「端午不食粽,誓死不為君」という言葉は、越王勾践が呉王夫差に仕えることを拒否したという故事に由来します。端午節は中国の伝統文化を伝承し、弘めるために重要な意義を持っています。
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