揺れ動く日本語「爪痕を残す」(受難表現の前向き用法) | MARK AKIYAMAのブログ

揺れ動く日本語「爪痕を残す」(受難表現の前向き用法)

 テレビで坂道系(*)のメンバーが、近々行われるライブの宣伝をしていた。曰く、「がんばって、ぜひ私たちメンバーの爪痕を残したいと思います!」と宣言していた。筆者は瞬時に「間違って覚えているなぁ~」と思った。爪の痕は台風などによる被害のことを言うのに決まっている。

 

 ところがNHKの調査(2020年)(**)によると、この表現を十代の62%が「おかしいと思わない」とし、「おかしいと思う」のは18%とのこと。もはや、世の中はそういうことになっているのかと知って愕然としたのだが、さらに驚いたのは六十代以上で「おかしいと思う」人が47%しかいないことである。

この言葉、元々は爪でひっかいた(傷)痕を比喩的に「台風の爪痕」などと言い出したはずだ。

辞書によっては「爪跡」という表記になっているが、本来は「爪痕」という漢字がしっくりくる。「跡」だと傷が治った後の状態という感じもするからだ。

 

 近年では冒頭の発言のように「(ライブの)成果を残す」意味に使うことが増えているようだ。最近はアスリートもよく使うらしい。もともと業界の誰かが「つめあとをのこす」という言葉を聞きかじって、使い出したのだろう。

たぶん、足跡(あしあと、そくせき)との混同による用例が増えたのだと思われる。

 

 昔は読書によって知らず知らずのうちにコロケーションを学んだ。ある言葉は他のある言葉と組み合わせて使うという法則だ。ところが今は文章や発言の断片がSNSやネットニュースで氾濫しているので、前後関係を考えずに使い出すのだろうか。

 

 折から、「台風の爪痕」報道がマスコミやSNSを賑わせている。これを機に伝統的な使い方に気づく人もいるだろう。

。。。が、世代はどんどん交替するので、もう後戻りはすることはないであろう。

 

(*)乃木坂46櫻坂46(旧・欅坂46)などのグループ名の総称。

(**) 中島沙織2020 『爪痕を残すことができた・アンケート調査』 NHK放送文化研究所