昔々、ある寺に男が住んでいた。
彼は眼は見えなかったが、琵琶だけは上手く、その腕は「鬼神も涙を流す」と言われるほどの名手であった。
彼の名は芳一といった。
芳一はその琵琶の評判で様々な屋敷に呼ばれ、その度に評判を上げていった。
あまりに人の心を揺り動かす演奏をするため、芳一は人の心が読めるのではないかと噂がたつ程であった。
少なくとも芳一が住む寺の住職らは、芳一は心を読めると思っていた。
彼は盲目なのに、初めて寺に来たときから一度も道に迷った様子もなく、また一度も聞いたこともないというお経も誰に習った訳でもないのにすらすらと言えたりしたからである。
いやそんな事より彼を目の前にして心惹かれない者はおらず、また彼をそのことを察していたであろうことが、住職らがそう思っていた理由であろう。
そんなある夜、芳一がただ独りでどこかへ出かけていった。
芳一は盲目なので昼も夜も関係ないが、また盲目なのでただ独りで出掛ける事は考えられなかった。
それを不審に思った住職は芳一の後を追った。
すると芳一はとあるやんごとない身分の者の屋敷へと入っていった。
これを見た住職は思った。
なぜ自分は琵琶が上手くなかったのか
なぜ芳一は盲目なのにあんなに人に求められるのか
なぜ芳一なのか
なぜ自分じゃないのか
なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ………
なぜ芳一は自分ではだめなのか。
芳一が寺に帰ると、小僧が近づいてきて、
「先程住職から芳一様に伝言を頼まれました。
何やら住職が先程用事で出掛けたところ、芳一様を見かけたそうで、その場所が……
平家一門の墓地で琵琶を演奏していたらしいのですが……
なぜ、そのようなところに?」
もちろんそのようなところに行ってない芳一は何の事だか分からない。
小僧は続けた。
「やはり覚えがないですか。
住職によると、どうやら芳一様は安徳天皇の墓前で無数の鬼火に囲まれて演奏していたそうなんです。
このままだと平家の怨霊に殺されてしまうと住職はおっしゃっていました。
それで、今住職は除霊の準備をなされているのですが、平家の怨霊ということですから準備に時間がかかるそうで、その準備が終わるまで、芳一様の全身に般若心経を写しておけとのことです。」
芳一は大層驚き、素直に小僧の言葉に従った。
小僧が芳一の全身に般若心経を書き写したあと、小僧は言った。
「全身に書き終わったので、私は住職の方を手伝ってきます。
私が出て行った後は住職が来るまで決して動かないで下さい。
それがたとえ誰が来ようとも何が起ころうとも。」
と。
そうして小僧はその場から消えていった。
芳一は般若心経を唱えつつ、住職が来るのを静かに待った。
小僧が戻ってきた。
話を聞く限りどうやら上手くいったらしい。
これで全て整った。
私は刀を持ち、彼の元へと向かった。
私は彼が憎い。
ただそれ以上に彼を愛している。
だからもう誰にも渡さない。
私だけのものにするのだ。
そうして彼の後ろに立ち、刃を振り下ろした。
その時、今まで聞いたことのない不気味な声で
「お待ちしてました、住職。」
と芳一は言った。
驚いた私は手元が狂い、彼の耳だけを切り落とした。
芳一は言った。
「何を驚いているのですか。
貴方がそこに居たこと?
斬りかかろうとしたことがわかったこと?
それとも、
貴方の浅はかな考えを私が知っていたことですか?」
住職は立ち尽くしていた。
「いやそれは正確ではないですね。
私は貴方が思うように心が読める訳ではないですよ?
ただ私は人の心を動かすことができる。
要は貴方は私の掌の上だったということです……」
その夜、寺では今までにない怪しげに人を惑わすような琵琶の音が鳴り響いた。
翌朝、住職が変死体で発見された。
どうやら自害したようであった。
しかし、その惨状は「鬼神も涙を流す」ほどであったという。
彼は眼は見えなかったが、琵琶だけは上手く、その腕は「鬼神も涙を流す」と言われるほどの名手であった。
彼の名は芳一といった。
芳一はその琵琶の評判で様々な屋敷に呼ばれ、その度に評判を上げていった。
あまりに人の心を揺り動かす演奏をするため、芳一は人の心が読めるのではないかと噂がたつ程であった。
少なくとも芳一が住む寺の住職らは、芳一は心を読めると思っていた。
彼は盲目なのに、初めて寺に来たときから一度も道に迷った様子もなく、また一度も聞いたこともないというお経も誰に習った訳でもないのにすらすらと言えたりしたからである。
いやそんな事より彼を目の前にして心惹かれない者はおらず、また彼をそのことを察していたであろうことが、住職らがそう思っていた理由であろう。
そんなある夜、芳一がただ独りでどこかへ出かけていった。
芳一は盲目なので昼も夜も関係ないが、また盲目なのでただ独りで出掛ける事は考えられなかった。
それを不審に思った住職は芳一の後を追った。
すると芳一はとあるやんごとない身分の者の屋敷へと入っていった。
これを見た住職は思った。
なぜ自分は琵琶が上手くなかったのか
なぜ芳一は盲目なのにあんなに人に求められるのか
なぜ芳一なのか
なぜ自分じゃないのか
なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ何故なぜ………
なぜ芳一は自分ではだめなのか。
芳一が寺に帰ると、小僧が近づいてきて、
「先程住職から芳一様に伝言を頼まれました。
何やら住職が先程用事で出掛けたところ、芳一様を見かけたそうで、その場所が……
平家一門の墓地で琵琶を演奏していたらしいのですが……
なぜ、そのようなところに?」
もちろんそのようなところに行ってない芳一は何の事だか分からない。
小僧は続けた。
「やはり覚えがないですか。
住職によると、どうやら芳一様は安徳天皇の墓前で無数の鬼火に囲まれて演奏していたそうなんです。
このままだと平家の怨霊に殺されてしまうと住職はおっしゃっていました。
それで、今住職は除霊の準備をなされているのですが、平家の怨霊ということですから準備に時間がかかるそうで、その準備が終わるまで、芳一様の全身に般若心経を写しておけとのことです。」
芳一は大層驚き、素直に小僧の言葉に従った。
小僧が芳一の全身に般若心経を書き写したあと、小僧は言った。
「全身に書き終わったので、私は住職の方を手伝ってきます。
私が出て行った後は住職が来るまで決して動かないで下さい。
それがたとえ誰が来ようとも何が起ころうとも。」
と。
そうして小僧はその場から消えていった。
芳一は般若心経を唱えつつ、住職が来るのを静かに待った。
小僧が戻ってきた。
話を聞く限りどうやら上手くいったらしい。
これで全て整った。
私は刀を持ち、彼の元へと向かった。
私は彼が憎い。
ただそれ以上に彼を愛している。
だからもう誰にも渡さない。
私だけのものにするのだ。
そうして彼の後ろに立ち、刃を振り下ろした。
その時、今まで聞いたことのない不気味な声で
「お待ちしてました、住職。」
と芳一は言った。
驚いた私は手元が狂い、彼の耳だけを切り落とした。
芳一は言った。
「何を驚いているのですか。
貴方がそこに居たこと?
斬りかかろうとしたことがわかったこと?
それとも、
貴方の浅はかな考えを私が知っていたことですか?」
住職は立ち尽くしていた。
「いやそれは正確ではないですね。
私は貴方が思うように心が読める訳ではないですよ?
ただ私は人の心を動かすことができる。
要は貴方は私の掌の上だったということです……」
その夜、寺では今までにない怪しげに人を惑わすような琵琶の音が鳴り響いた。
翌朝、住職が変死体で発見された。
どうやら自害したようであった。
しかし、その惨状は「鬼神も涙を流す」ほどであったという。