今日は通院日。
朝六時に起床。
眠くはあったが、以前に比べれば楽に起きられるようになっているように思う。
それでも眠い。
病院に着いたときには、疲れも感じていた。
この度の通院は、途中で祝日が当たってしまったために、三週間の間が空いた。
この三週間で、男性の入院準備、入院、手術立ち会い、毎日の見舞い、退院時のお迎え、そして退院後も毎日続けている訪問。
これと平行して、他に二つの案件を抱えていた。
(それらは昨日で終えた)
また同時期、陽気が夏から急激に秋へと変化もしている。
心身共にストレスを感じていたに違いない。
なるべく静かに過ごすよう、何も用事がないなら横になっているようつとめた。
それでも疲れたし、特に陽気の変化の影響なのだろう、意欲が湧いてこない。
淡々と、目前の課題に取り組む毎日を送る三週間だったと思う。
主治医には、詳しいことまでは話していない。
ただ「陽気の変化の影響か…」と、メンタルな不調を訴える。
とは言え、以前を思えば穏やかになってきていると感じる、とも伝える。
診療後、バスに揺られて帰途につくのだが、ついつい考え事をしていて、目的のバス停を乗り越してしまった。
ちょうど男性宅近くのバス停でもあったので、お昼前だったが顔を出す。
午前中、ケアマネの訪問を受けたこと。
ちょっと朝食の準備をしただけで疲れ切って、横になっていたところだった。
午後には、シルバーカーで買い物に出るという。
無謀に感じられた。
心配したところで、何ができる訳でもないので、私は私の心配をする。
部屋に戻って、ヘッドホンで音楽を流しながら、しばらく横になる。
一時間も寝られただろうか。
随分と楽になった。
買い物に出たはずの男性の様子を確認するため、夕方五時に再訪問。
案の定、横になっていた。
お昼とはまた打って変わって、少々苦しい様子。 上半身を起こすことさえ辛い様子。
話を聞く限りでは、心肺機能が十分に働いていないのではと感じられた。
呼吸はできるが、十分に酸素を取り込めていないのではないか。
昔、目の前で見た義母の最晩年の姿を、彷彿とさせるものがある。
男性も、今晩が来なければいいのにと思う、などと不安を口にする。
いよいよこれまでかもしれない、とも言われる。
何かあれば、自力で救急車を呼ぶとも。
その際には、必ず私にも電話をするよう、きつく念押し。
もし救急搬送となった場合の打ち合わせを、簡単に行う。
さり際、すぐお隣の御年90になられる老婦人からも声をかけられる。
この夏、腰椎を圧迫骨折し、一ヶ月入院されていた。
その前に私が二ヶ月入院していたので、この夏は、都合で三ヶ月顔を合わせられなかったことになる。
とても寂しかったと、会う度に言われる。
今日は「コレを」と、果物と手作りのサラダ(この方は飲食店経営の経験があって、とても料理が美味しい)をいただく。
少々緊迫した状況ではあるのだろうが、私の中では「いつか来ること」と、既に今まで散々心を労してきたことではあるので、今さら緊迫感は感じていない。
ただし、何かあれば即応できるよう、準備だけはしておく。
手術中、腎機能がダウンした影響は、決して無視できない。
加えて、糖尿病、高血圧、心不全と、ドミノ倒し的に内臓がダウンしてもおかしくない持病を持っている。
だから、覚悟だけはしておく。
と同時に、私までもがドミノ倒し的に倒れないように。