今朝は、浅い眠りではあったが、中途覚醒も浅く、何回かは軽く覚醒したのだろうけど、それらが記憶に残らないくらい浅かった。
朝を迎えても、軽く眠気を覚え続けた。
その軽い眠気は、午後まで続いた。
毎日、熱中症情報が発令されるので散歩に出るのをずっとためらっていたのだが、今日は敢えて出た。
外の環境に身を置いて、少しでも心のざわめきがおさまればと思って。
今日も本とノートに向かったが、なかなか落ち着いた文字が書けない。
文字は嘘をつかない。
どんなに心で強がろうが、どうにかして自分の心の不安定さから目をそらせようとしようが、私の書く文字にメンタルの不安定さが、容赦なくそのまま形となって現れる。
しばらく前から、落ち着いた文字を書けるようになると、不意に心の内側から「ドクン」と胸への圧迫感のような感覚が断続的に込み上げてくるのを感じている。
それが昨日の夕方から、心が比較的平穏な状態になると、頻繁に込み上げてくるのを感じる。
今日は散歩の最中にも感じていた。
何にしても、環境が変わるというのは、それだけでメンタル的なストレスになりうる。
入院時は、ため込んだストレスに心身共に疲弊しきった状態だったので、環境が療養モードになることで、大きな安心感を覚えた。
退院はその逆。
更に加えて、この先の展開が私にはまったく見えていないことも、私に無用なストレスを与える。
そもそも、誰にとっても未来は不確実なのだ。
しかも、不確実なものに不安を覚えるのは、とても非生産的。
と頭では分かっているが、やはり心は理屈で働くものではないらしい。
今まで散々無茶を繰り返してきた私が、何を今さらな話しではある。
そうしたストレスとは別に、精神科にかかるようになってからの約八年を振り返ってもみている。
あの生き地獄のような状態から、死をくぐり抜け、なんとかここまで自分を顧みられるようになってきたことに、少し感慨深いものを感じる。
このブログのもう一人の主人公である彼女の経験と比べれば、私のそれは稚戯にも等しいものだが。
それでもあの当時、私がこんな状態で自分を見つめ、こんな風に未来を展望するようになるなんて、まったく予想だにしていなかった。
加えて二年前、落ちられるところまで落ちることができた経験。
あれが決定的だったんだなと、退院をひかえた今になって、つくづく思える。
あの時期の一連の経験、私の中の幼さをまざまざと見せつけられた経験は、私の中の浮ついた楽観主義を、軽く吹き飛ばしてしまったのだから。
あれ以降だ。
容赦の無い目の前の現実に対して、自分で自分の首根っこをひっ捕まえて、自分の顔を押しつけるような挑戦を始めたのは。
あれは、本当によい契機だったんだなと、今にして思う。
目下、私の中で一番気になるのは、病棟スタッフが私をどのように見ているか、かな。
既に主治医から退院を勧められ、私も承服して退院の日取りを私が決めたのだが、なぜ木曜日にしちゃったのか、私もよく分かってない。
ほぼ瞬間的に、その時の思いつきだけで、気がついたら決めていた。
その結果、週明けの月曜日でもよかったわけなんだが、「じゃあ」と私が指さしたカレンダーの日付が7/27だった。
迎えにきてくださる方の週間リズムと、あともう少し自分の心と向きあう時間が欲しいと願う心とが瞬間的にせめぎあって、あの日付を指さしたのかもしれない。
既に入院している必要がないことを宣告されたにも等しい私。
それでも木曜日まではいてしまう私。
そうした宙ぶらりんな状態が、これまた無用なストレスになる。
それぐらい気にしなくても大丈夫なのに...
そうした諸々のストレスと向きあう、実質四日間になる。
これもまた、病との向き合い方を学ぶ好機なのだろう。
ぜひ「そうだった」と言える、悔いのない最後の四日間にしたい。