ウ〜ン、やはりアレが原因だったのだろうか?
もう少し経過を見なければならないが、今朝の夢は、昨日ほど悪くはなかった。
それでもやはり、内容はナンセンスでギャグっぽい。
しかも、そうした夢には、私は登場してないのだ。
私はただ、見せられているだけ。
何なんだ、コレ?
この宇宙は私を中心に回っている。
と同じように、この宇宙はあなたを中心にも回っている。
と、初めて友人に語ったのは、大学生の時。
たまたま友人がクリスチャンで、洗礼を受けた動機が不純で、決して敬虔と言えるものではなかったヤツだったので、「この世界は神が造りたもうた」と普段のたまっているのを皮肉る意味で放った言葉だった。
しかし私は、結構まじめに、今でもそう思っている。
私が見ている宇宙が、この世界が、他の人が見ているそれと、物理的には同じではあるけれども、それでも同じであるわけがない。
だって人それぞれに、違う価値観、モノサシを持っているのだから。
それぞれに違うモノサシをもって、めいめいがこの世界を測っているのだから、同じであろう訳がない。
物理的に同じであることが、万人にとってもこの世界が同じように捉えられる根拠になるならば、これだけ問題が混迷を極める世界にはなっていないハズだ。
精神病院の病棟内というのは、各人の価値観が病によって歪められている場合が多々あるので、他の入院患者さんとの関係が大変に難しい。
私に突っかかってくる人もいる。
誰とも交わろうとしない、いつもロンリーな私を、訝しそうに見る人もいる。
そんな私が、病院スタッフとはやけに親しく話す。
また話しかけられもする。
ねたましく思う人もいるやもしれない。
私がココにおいて何ごとか判断するときに、最も重きを置いている最優先事項は、私の治療環境を守ること。
その次は、他の入院患者さんの治療環境を侵害しないこと。
シンプルにこの二点。
だから、他の入院患者さんから挨拶をされれば応えはするが、私から挨拶することはないし、ましてや私から話を振ることは全くない。
そんな私だから、よけいに突っかかってくる人もいるのかもしれないが、それは私の問題じゃない。
その人の問題。
その人の抱えている病が原因。
こんなにも明らかな理屈を、チャンと自分の中で了解できるようになるのに、六週間もかかった。
おかげで今日は、変な緊張感を覚えることもなく、本やノートに向かうことができた。
そんな私のすぐそばで、「アンタの読んでるその本は幼稚だ。数式が一個も出てこない。ワシの本を見せてやろうか?」と、毎日のように言ってくる困ったオジサンがいるのだが、やっとメンタル的な負担もなく、無言で受け流せるようになった。
この人の言動の本当の目的は、まったく別のところにあるんだが、ご当人はまったくそれを自覚できない。
そういう病なので、しかたがない。
病によって歪められたそのオジサンの世界観に、私までつき合う必要は全くない。
そう完全に了解できるまで、なんと時間のかかったことか。
我ながら情けないし、笑える。
しかし、こうしたことは、病棟の外の方が、社会性の仮面を被っているだけに厄介。
入院直前にも、そうしたことで呆れかえった事件があったなぁ...
今日で入院は丸六週間。