今朝は午前二時前に、いったん目が覚める。
ま、セロクエルの薬効で、体がまったく頭の言うことを聞いてくれないが...
にしても、いつも以上に早い目覚めだった。
ここから朝まで、ベッドの上でのたうち回るのか?と考えて、気が滅入る。
未明に目が覚めてからは、実にシュールな、赤塚不二夫ばりのナンセンスギャグてんこ盛り夢を見ることになる。
しかもそのナンセンスさ、ギャグっぷりに、日に日に拍車がかかっている。
今朝の夢は、今までで一番酷かった。
おかげで今朝は完全に寝不足状態。
体は寝ているが、頭はナンセンスギャグ的フル回転状態だったからね。
夢を見ながら、「あぁ、またこんな夢を見なくちゃいけないのか」と夢の中で嘆いている自分。
もうこれだけでも、十分にシュールだろう?
何が原因でこうなるのか。
心当たりが一つあるんだが、それは今晩にでも試してみる。
ノートにまとめながら本を読む作業も、なかなかキツイ。
どういうわけか、いきなり胸を圧迫感や軽い痛みが襲ってくる。
この作業は、病棟の共有スペースで行っている。
ココが病棟内で一番明るいから。
暗いと老眼には堪えるのだ。
(遠近両用を持ってくるんだった!)
そして共有スペースということは、他の入院患者からの衆人環視下にあるということ。
特に、私が意図して接触を避けている患者さんがそばにいると、胸の違和感を覚える頻度も高くなる。
その患者さんに罪はない。
その症状はいたって迷惑なのだが、ココはそういう人が入っている場所なわけで、それをチャンと了解できていない「私」の問題なのだ。
下手に意識してしまうことで、私の中の「苛立ち」とか「焦り」みたいなものが喚起されているのではないかと考えている。
そして、ノートに書いた文字を眺めると、ぜんぜん落ち着いてないように思える。
文字のたたずまいに、私の心理状態が敏感に反映されているように思う。
そして、文字でこうなのだから、例えば普段の何気ない言動、表情、そして何気なくかもし出す雰囲気にも、私の不安定な心理が色濃く反映されているハズなのだ。
そうした、私の心理が色濃く反映された、私から染み出してくるものは、私の周囲にも影響を与えている、と考えるのが自然だろう。
そうやって私から周囲に与えた影響が、まるで鑑写しのように、今度は私にも影響を与えうる。
「私」発の不安定が、私の環境を媒介として、最終的に「私」の「不安定誘発」という形で帰着する。
こうした際限のない「相互作用」の連鎖が、私の病理には巧妙に織り込まれているのではないか。
という風に、文字を書く作業からも、私の病理を分析してみている。
ウン、この話は、明後日の問診で主治医にも話してみよう。
作業療法で、文字の練習帳も用意してくれている。
ダイソーで売られているヤツなんだが、その中で、わざわざ「ひらがな」と「カタカナ」ばかりの、一番基礎的な練習帳を選択した。
今はまだその作業療法には着手してない。
効率的かつ徹底的に作業をするために、レポート用紙の到着を待っているところ。
届いてからになるが、ひらがな、カタカナの書き取り練習を、徹底的にやってやろうと考えてる。
小学一年生の時のリベンジだなw