今朝も二時頃に目が覚め、四時頃までベッドの上でゴロゴロ。
(零時過ぎにセロクエルも服用済み)
朝食が八時前に届くので、その前には公共スペースのテーブルに移動しなくてはならないのだが、その時間帯が一番気持ちよく眠られる時間帯でもあるのだ。
なので、起きるのに少し苦労する。
朝食後、十時までベッドで横になり、その後、本に向かう。
今日は、今までのようにうまく字が書けない。
それでも心が焦ったりしないので、ミミズ文字にはならない。
これも何らかの変化の表れだろう。
昼食後、ベッドの上で思索をしていて、いきなり胸に圧迫と痛みを覚える。
あぁ、ここでくるのかと、思うところあり。
ちょうど今、ひも理論の概要を学んでいることも影響しているのかもしれない。
これも相互作用かな。
自分を弓に例えて、考えてみた。
私にアーチェリーや弓道の経験はないので詳しくはないが...
矢を遠くに飛ばせる弓ほど、しなやかで、かつ強靱な素材で作られ、そこに高い張力をもたせた状態の弦を張ることができる。
私のように、幼いときから現在にいたるまで、一貫して強いストレス下に置かれながらも、もしくは自ら望んで置きながらも、それでも壊れずに今も生きているのは、ひとえに私そのものが強靱な素材で作られた弓のように、元来がメンタル的に極めて強靭だったからなのではないかと、今の私なら素直に思える。
その様な意味では、私は少し特別なのだろう。
(主治医のお墨付き。他の人ならとっくに遁走しているってさ。この『遁走』の意味は少し深い)
私には、そうした環境にあるのが日常であったし、私はさらに強靭でなければならないと、普通に考えていた。
今でもだ。
そして、それが私にとっては普通なのだから、昔は、これまた普通に「他の人も同じだろう」と私は考えていた。
おかげで、要らぬ誤解や衝突を生んだことが山ほどあった。
入院前も、小学校時代から知っている知人に、少々厳しく「自分の問題から逃げてはいけない。いくら逃げ回っても、必ずついて回るんだから。ならば真正面から向き合う方が、一時は苦しくとも、結果としてはよほど価値的だろう。俺たちに残された時間は、もうそんなに長くないんだぞ」と諭したのだが、彼はカチンときていた。
いきなり感情的になった。
(つまり正解だったということだ)
彼は私の言葉が、かなり気に入らなかったようだ。
気位ばかり高く、その実は小心なのを懸命にひた隠して生きてきたクセは、五十代ともなると容易にはなおせない。
抱えている病が病だったので、敢えて強く言ったのだが、いとも簡単に、見当違いの方向に飛んでってしまった。
(去年はもっと素直に、不器用でも向き合おうとしていたのに。変なのとつきあっちゃって、引きずられちゃったようだ)
この程度でと私は思ったが、しかたがない。
余命が見えてくる年代だからこそ、腹をくくってほしかったが、こればかりは当人が決めること。
よほどのことにならなければ、私は、彼を再び諭すようなことはしない。
後日、彼は、自分に助力してくれた知人の顔に泥を塗る経緯をたどり、一見すれば、以前と同じような状態に戻っている。
しかし、それは以前と同じ状態ではない。
自分の問題と前向きに向き合った結果としての元の状態ならば、そこには必ず学ぶべきものがある。
しかし、向き合うべき問題に背を向け、消極的な(自分にとっては安易な)行動の結果としての、以前と同じような状態。
どのような言葉で糊塗しようとも、これは臆病者の後退だ。
彼の心の中には、怨嫉の心ばかりが渦巻いているだろう。
これはほんの一例だが、そうした姿を私の周囲に、今まで数え切れないほど見てきた。
口を極めて言えば、現代はそんな人ばかりだと言い切っちゃってもいいんじゃないかと思うほどだ。
(決してそんなことはないんだけどね)
弱き者は、強い者を見ると、さげすみ、ののしり、自分と同じレベルに引きずり下ろそうとする。
それでもかなわなければ、無視を決め込み、影でコソコソとなにごとかを言う。
そのような手合いの言い分にいちいち付き合うことほど、無為なことはない。
私は、私が定めた道をいく!
これは私が決めた、絶対的な決定事項なのだから。
強靱な弓は、遠くの的を正確に射抜くことができるように、強靱な身心を持ち得た者でなければなし得ない事業がある。
その事業とは何なのか。
私はずっと、そのことを考えてきたが、今年に入って何かが少しずつ形を帯びてきている。
今が腹を決める時なのかもしれない。