今朝は午前二時ごろに、一旦、目が覚める。
その30分ほど前にセロクエルを服用したばかりだというのに...
その後は軽い覚醒と浅い睡眠を繰り返す、いつものパターン。
とは言え、今朝は割と眠った感じがあった。
夜半に服用したセロクエルは、お昼ごろまで影響を残す。
十時頃まではベッドの上でおとなしくしていた。
余剰次元理論の勉強が、いよいよ超対称性に入り、サッパリ内容に頭がついていかない。
そもそも歪曲した余剰次元モデル理論を説明するために著された本なので、個別の理論については細部までつっこむことはなく、概論的な説明で終わっている。
だから私も、それぞれの説明をガッツリ理解する必要はない。
おおむね分かれば、それでよしと言うのが、この本の趣旨でもある。
だから、ここは分からなくても、こういうものなんだと思えればそれでヨシと思いながら、ノートにまとめている。
それでも、各理論の山場になると、ガッツリとノートにまとめないと、まったく頭に内容が入ってこない。
ただ読んだだけでは、私のオツムでは消化不良をおこす。
頭の中で論旨を分析し、分解して組みなおす。
そしてノートに書きとめる。
このプロセスにかかる時間がますます長くなってきているが、やり切ったときの爽快感は格別。
でも本当のところは、論旨を理解しているだけで、論じられている理論の内容を理解できているわけじゃないんだよねぇw
午後には散歩に出る。
入っている病棟は一応閉鎖型だが、私には散歩の自由があり、正当な目的さえあれば外出も可能だ。
足は第二の心臓とも言われる。
加えて、私の体は冷えやすい。
歩いて足を使うことは、体の冷えを防ぎ、血行促進が新人代謝や消化機能を助け、かつ、自律神経を整える効果も期待できる。
いやね、深夜に両足のふくらはぎが、なんともウズウズして、睡眠の質を落とすんだよね。
なので今週に入って、散歩を日課に取り入れることにした。
本を二冊持ち込んで、ノートにまとめながら読み進めているのだけど、目的は勉強や気晴らしだけではなく、文字を書くことを通じて私の中の「焦り」のようなもの認識し、排除すること。
ノートに文字を書くとき、私は、今書いている文字だけでなく、次に書く文字、さらにはその次に書く文字までも頭にイメージしながら書こうとしていることに、今回の入院で気がついた。
つまり、紙の上では一つの文字を書いているんだけど、頭の中では三文字ぐらい、同時並行して書いている感覚だ。
大学生の頃までは、それで大した問題は感じていなかった。
社会人になり、職場で文字を書かねばならなくなって、大いに苦しむことになる。
思ったように文字を書けなくなったのだ。
もっと丁寧に書こうとするが、よけいに焦って、文字が乱れる。
リーマンの時、上司のパワハラが超絶的に凄まじかったことと無縁ではなかったと思う。
ここ数年は、ミミズがのたくったような文字しか書けなくなっていた。
自分の名前、住所さえ書くのも苦痛だった。
最近になって、やっと名前や住所くらいはまともに書けるようになったのだが、ここに入ってノートをとるようになって、実はまだまだ文字が書けないんだなぁと痛感させられた。
どうやったら、思った通りに文字を書けるだろうか。
もしかしたらその試行錯誤は、ストレスでこり固まった私の心をもみほぐし、さらにはそのストレスの解消にもつなげられるかもしれない。
そのように考えて、飽きもせずノートをとっている。
この前の日曜日のことだ。
ノートをとりながら、私は自分に対して「そんなに焦らなくていい。時間はそんなに早くは進んでいない」と、心の中で自分に呼びかけた。
すると、少しはマシな文字を書けるようになった。
しかし少しすると、また文字が乱れる。
力みすぎて、肩や腕が痛くなる。
しかし、この気づきと自分への呼びかけで、少しは整った文字が書けるようになった事実は、重要だ。
あれ以来、ノートをとるたびに工夫を加えつつ、より効果的な方法を模索している。
まだまだ「これならば」という方法には到達していない。
色んな試みが効果を発揮できるほど、まだ心が落ち着いていない感じがする。
気を抜くと、すぐに肩や腕に力みがはいる。
しかし、あの気づき以来、ミミズがのたくったような文字だけは書かなくなった。
そしてだ、私なりにある程度得心のいく文字が書ける時は、まとめている本の内容も、比較的スムーズに頭におさまる。
こうしたことから、文字を書くことと私の心の状態には、何らかの相関関係があると考えている。
心の状態が、例えば書いた文字の形になって現れていたのかもしれない。
それにしても、なぜこうなるのかと、ベッドの上で幼い頃からの記憶をたぐり寄せながら考えている。
そしていると、こういうことなのかもしれないなぁ~なんて、気づかされることもある。
たわいもない、ささやかなことなのだが、そんな小さなことでも、長年徹底するとこうなるのかもねと感じている。
明日は、特にイベントが起きなければ、その内容をつづってみたい。