今朝は午前二時半に目が覚めてしまった。

いつもの通り、半覚醒状態で。

その後、朝食の時間まで、ほぼ一時間毎に目が覚める。

都度、スマホで時間を確認するんだが、まぁキモチイイほど一時間毎ね。


昨晩は、ベッドの床の角度を、少しつけすぎたようだ。

ごく少しだけの角度でいいようだ。

ヘッドロックで傷めた背中や腰が、昨日よりはやわらいだが、まだ痛む。



もう書くことはそんなにないんだが...



今回の入院に際しては、キモチイイほど全方位から長期入院をすすめられている。

主治医はもちろんなのだが、事の経緯をよく知っている近所の知人たちや、なぜか市役所の担当者までもが「ここは主治医の言うとおりに」とすすめてくる。


もちろん、なぜあいつが長期入院なんか必要なんだ?といぶかしく感じている人もいるとは思う。

(ほとんどの人は、私が心を病んでいるとカミングアウトしても「どこが?信じられない」と言われるんだけども)

幸い、そうした人とは自然と疎遠になっていたので、私の耳にその声が届くことはなかった。


そうした「部外者」はともかく、そうした関係者の「全方位」から長期入院をすすめられることになってみて、ふと11年前に家を建てた時のことを思い出していた。


あの時の私は「私なんかが家を建てられるわけがない」と、ずっと半信半疑で、周囲に勧められるがままに事を進めた。

そして、本当に家が建った。

百坪の土地に延床面積150平米の6LDK高気密高断熱住宅。

無茶にも思える色んな要望、というか野望が、全部実現していた。

引き渡しを終え、新居に引っ越した日の夕方、建ったばかりの家を外から眺めながら「本当に建っちゃった」と我がことながら驚いたものだ。


そんな「家を一軒建てる」ことと、たかが「私一人が入院する」ことを同列に並べて考えるのもいかがなものかとは思う。

思うんだが、そう感じちゃったものは本当なんだから、しかたがないよね。



あの家を建てた時に学んだことは、ことが進むときってのは、こうして、周囲のあらゆるものが、私の背中を全力で推すように働くのだってことだった。

その意味では、今回もまったく同じなのだ。 


家を建てる前も、今回の入院の前も、その必要性は漠然と感じていた。

家を建てた時は、営業が当初思い描いていた規模と品質をはるかに超えるものができた。

今回の入院は、あらかじめ四週間と言われていたものが、入ってみたら1~3ヶ月の入院計画書が作成されていた。


問題の内容も質もレベルも、何もかもが違う話なんだけど、その背景に働いている力は同じ。

だったら、ここは素直にこの流に乗るべきだと思う。

そしてこの入院が、今後の人生に大きな転機をもたらしてくれると、私は信じている。



そういえば、先週の問診で、主治医が言っていた。

すべては二年前の入院が、一つの転機だったんだと思いますよと。

ウン、そこは私も深く同意するところ。

あの二年前のどん底や、入院生活の経験があったから、今回の入院という選択肢が私の中に自然に生まれた。

あの時のどん底感があったから、二年間、何がどう変わろうとも、私は一貫して努力を積み重ねることができた。


そうしたプロセスを経た上での、こうした周囲の働きかけなのだ。

だから、私はこの状況に深い安心感を覚えている。

やっとまた、ここまで来られたんだなという思いもある。


学ばねばならないこと、気づかねばならないこと、知らねばならないことが、山のようにあるだろう。

七転八倒もするだろう。

眠れぬ夜が、今後はますます長くなることだろう。

そのすべては、必要なプロセスにすぎない。

そして、その一つ一つのプロセスを大切にする。

それもまた重要。


目標は、もっともっと長遠で遠大。

その目標を胸に、安心して体を横にしていたい。