ヘッドロックをかけられた。
思いっ切り強く。
まったく離してもらえなかった。
私はヘッドロックをかけられたまま病室から出て、ナースステーションに向けて助けを求めた。
看護師さん、助けてください!
ヘルプミー!と...
今日の内容は、既に下書きしてあった。
それを添削して、アップする前に、チョットしたイベントが発生してしまった。
なので急遽予定を変更して、ヘッドロックの話を書く。
今日、同室の患者さんが一名、退院された。
この方が、退院を前に落ちつかなかったのだろう、昨晩から行動に動揺が見られた。
一晩中、病室を出たり入ったりを繰り返したのだ。
おかげで、今朝の私は調子が悪かった。
ドア開閉の振動音、足音、病室内の空気のゆらぎなどを感じる度に、私の眠りは邪魔されたのだ。
音をたてないように、そうとう気をつかってはくれたようだが、そんな些細なことさえも睡眠の障害になるから、私はここにいる。
そして、そうした精神の不安定さに影響されるのは、私だけではない。
同室の他の二名にも、やはり影響はあった。
それでだ、私の隣のベッドに移ってきて患者さんが、いたく不安定になったのだ。
看護師さんの話を聞くと、他にも彼なりの要因がおりかさなってもいたようだ。
同室の方が退院された後、隣の彼は、けっこうな音量で独り言を呟き始める。
あれはたぶん、統合失調症に特有の症状だったのだろう。
私は無関心を装うために、イヤホンで音楽を流し、無視を決め込む。
しかしだ、もう一人の同室患者さんが、その彼に話しかけてしまったのだ。
嫌な予感がした私は、イヤホンを外す。
すると、隣の彼が、もう一人の同室者に向けて吐いている暴言が耳に入ってしまった。
そんなことは言ってはいけない!と、私は言葉で制止に入った。
すると、彼の暴言の矛先は私を向いた。
私は、バカなことを言ってはいけないと、さらに制止にかかる。
文句があるなら看護師に言えと、彼が言う。
ヨッシャ、言ってやろうと、私が応える。
お前も一緒に来いと言葉を重ねる。
オォ、行ってやらぁと彼は叫ぶ。
私がベッドから起き上がり、靴に足を入れ立ち上がると、彼は上から思いっ切り顔を私に近づけてきた。
彼は私より身長が高いのだ。
私も、よせばいいのに、額がくっつくまで顔を寄せる。
もうこうなると、一触即発である。
私は、彼が着ている服のフードに手をかけた。
その瞬間、私は力一杯にヘッドロックをかけられた。
(ここで殴ったり蹴ったりしてこなかったのは幸いだが、そもそも彼にはそんな度胸はない。彼がとても臆病なのはよく分かっていた。ヘッドロックをかけるのが精一杯なのだ。そんな彼の様子に、私はチョット安心していた)
私は、首にとりついた彼を引きずるようにして、病室から出る。
廊下からナースステーションに向け、両腕を振りながら「看護師さぁ~ん!ヘルプミー!」と声を上げた。
少し間を置いて、看護師さんが気がついてくれた。
バタバタと数名の看護師が駆けつけ、やっと彼は私から引き離された。
お互いに別々の場所で、事情を聞かれる。
なるたけ落ち着いて話そうとはするが、私もアドレナリンがタップリ出た直後だ。
思いとは裏腹に、どうしても落ちつかない。
締め上げられた首筋にアイスノンを当て、しばらくベッドで横になる。
皆より少し遅れて、夕食をとった。
彼の方は観察室に入れられたようだ。
観察室がある方から、暴れているような物音が聞こえる。
もう同じ病室に戻ってくることはないだろう。
私としては、そうなってくれればとても安心できるのだが。
(病棟も変わっていただけるとさらに安心)
何せ、彼が隣のベッドに移ってきて、ずっと毎晩、不安を覚えていたのだから。
いつか彼は、寝ている私を襲いに来るんじゃないかと、私はそんな不安を覚えていたのだ。
(そんな狂気を彼の中に感じていた)
今日の私の対応は、ま、大人としては、とても及第点をいただけるようなものじゃなかった。
同室者が暴言を受けている段階で、私はすぐにナースステーションに言っていくべきだったのだ。
しかし私は、自ら制止の言葉をあげてしまった。
ま、私は、自ら巻き込まれるべきして巻き込まれたと言うべきだろう。
今回の件を受けて、彼に対して、私は一切悪感情を持ってない。
病気が彼をして暴言を吐かせ、暴力もふるわせたのだと理解している。
かわいそうだが、彼は病気に振りまわされていた。
まだ自分の病と向きあえる準備ができていなかった。
だから、外部的な要因に、いとも簡単に踊らされた。
また私も私で、そうした彼の幼稚さ、未熟さにつけ込んで、彼が他の病室に移らざる得ないように振る舞った、とも言える。
瞬間的にだが、確かに私は「行ってやらぁ」と言われた時、これはチャンスだと考えていた。
したたかになったものだ。
それにしても、まだ首筋と、さらには肩まで痛くなってきた。