物理学の勉強が、面白くてしかたがない。


今は閉鎖病棟という、何の楽しみも刺激もない環境に、一定期間とどまり、規則正しい生活と、充分な睡眠を取ることが義務づけられた環境にあることもあって、面白いぐらい勉強がはかどる。

おかげでか、一日の経過が、二年前の入院の時とは比べものにならないぐらいに早く感じられる。

(他の入院患者との交流はまったくない。簡単な挨拶も含め、ほとんど言葉も交わしていない。自分の世界維持とペースを徹底的に大切にしている)


とは言っても、一日に四時間程度かけて10ページほど進むのが精一杯なのだが。

生まれてはじめて、特殊相対性理論、そして一般相対性理論を体系的に学び、理解できたように思う。

時間と相対論的な速度の関係が、やっとすんなり頭に入ってきた。

これはこれは、私の頭脳にとっては、なかなかのコペルニクス的展開だ!

まだ実感をともなわないが、私の中で、新たな知見が一つ、新たに開けたような感じがする。


それ以外の点でも、本当に学ぶことの多い学習機会になっている。

学ばずは卑しと学生時代に教わったものだが、年齢がいくつになろうと、それは変わらないんだなと実感させられる。

そして、意思さえあれば、環境の如何を問わず、どこででも学べる。

そうしたことも学ぶ、とても貴重な機会になっている。


やはり今回の入院は、私にとっては欠かせない、人生上のイベントなんだなとの思いを深くする。



さて、話はいつものテーマにもどるのだが、今回は展開が今までとは、かなり違う。

話が私の内面へと向かう。



人は、自分がその年代になってみるまで、誰しもが長生きすれば、一人として例外なく、必ず老人になるという明らかな真実を、実際にはなかなか自覚できないものらしい。

男性と対話していて、よくそんな思いにさせられた。

よく男性が「まさかこんな風になるとは思わなかった」と、ご自分の老化の様子を嘆いて見せてくれる度に、私はそんな思いを強くした。



私にすれば、超ラッキーな話だ。

いかに若いときに壮健でも、90も近くなるとこうなるんだという具体例を、目の前で見せてもらえているのだから。

なので、これを機会にと学ばせていただいたことは、特に健康面において、少なくない。



男性との状況の中、私にも、男性とはレベルも程度も違うが、56にもなってやっとかよ!と気づかされることが、本当に多かった。

今日、書きたいのは、そんな気づきの中で一番重要な部分だ。



私のことなので、いつも頭の中には「人間とは」などといった、極めて本源的な問いかけがあった。

いつ、いかなる時も。


「人間とは」などという問いかけは、実生活には、ほぼ何も寄与しない。

そんなことを考えてみたところで、生産性が上がるわけではなく、学業が向上するわけでもない。

昔、よく母親に「下手な考え休むに似たり」と怒られたものだが、そうした言い分は当然だと思う。


それほどこれは極めて思弁的な問いかけであり、それ故に、なかなか実感をもってその答を得ることはできない。

否、そもそも、そんな問いかけをいつも自分に投げかける余裕を心にもたせて生きる人間が、いったいどれほどいるだろうか?

よく友人知人から、私が「変わり者」と呼ばれる所以である。


逆に、だからこそ、私は自分の人生を実験フィールドにして、実践と実体験から、その答を知りたい、実感したいと願い、行動してきた。

誰もやらないなら、俺がやってやる!

実に私らしいへそ曲がりな発想だが、それが、私にとっての「生きる」ということなのだ。


そのような私だからこそ、何を考えるにせよ、何に悩むにせよ、最終的には「人間とは」に思考が向かっていった。


この思考は、私が六歳のころからの一大テーマ。

生きづらさ、特に(たった六歳児の)人間関係に感じた苦しみの中で、朱に染まった空を見上げながら「人は何かしらの仕事をするために生まれてくるんだ」という突然のひらめきを得た時から続いている、私が存在する目的となった命題。

(その瞬間、私にとって、その命題に取り組むことが、苦しむに値する対価となったというわけだ)

つまり、その瞬間から、私は「人間とは」との問いかけに答えることをもって、自分がこの世界に生まれ落ちた目的、つまり「仕事」と心得たのだと思う。

私の人生は、「人間とは」の一言に包括されるすべてを表現するためにある。



そのような私だから、男性との対峙が終わった後は、自分との対峙である。



こういうことをやっている「自分」とはなんなのか。

そんなことを考えている私も、まごうことなき人間。

となるとやはり思考は「人間とは」に行きついてしまう。



その時、考えていた内容にまでは踏み込まない。

(今まで散々書いてきたし)


結論から書けば、人間として生まれ落ちたというだけで、超絶的に幸せなのだという事に、私は嫌と言うほど気づかされた。

どれほど幸せかというと、どんな比喩をもってしても表現できず、どんな天文学的数字を並べた確率をもってしても言い表しようもないほど、としか言いようがない。

一ホモサピエンスたる私には、想像することもかなわぬほど、厳粛にして厳然たる事実。

そしてこれは、今や私にとって「自明の理」になってしまった。



こんな、こんなにも大切なことに気づくのに、55年もかけてしまったなんて!



大げさでもなんでもなく、私は驚愕し、同時に言いようもない感謝に包まれた。


だから、限界を超えたところで奮闘せざるえなかった男性の状況にも、私はひるむことはなかったし、何があっても、たとえ自分が疲弊しきっていても、そこからさらに力を引き出すことができた。

どれだけ絶望的な状況でも、私はまったく悲観する必要がなかった。

私は人間である。

まごうことなき人間である。

その原点に立ち返った瞬間に、そこからいくらでも希望や勇気や力を引き出すことができた。

(おそらく病棟にあって、外にいたときよりも旺盛な学習意欲をかきたてられているのは、この自覚があればこそだと思う。私は生きている。人間として。ならば学ばねば!学びは人間のみに許された特質であり特権なのだから)


この気づきに立てたことが、男性との長きに渡った状況にあっても、私がずっと立ち続けていられた理由の一つがある。

そう、これは重要に過ぎる気づきだが、これが全てではなかったのだ。