今朝は、比較的、楽に起きることができました。
早め早めの行動が功を奏し、11時予約でしたが、10時半には検査室に呼ばれました。
11時半には帰宅もできました。
上出来です!
その足でとって返して、サクッと自分の通院の支度をし、すぐに出ました。
お昼はバスの便が少ないので、1本乗り遅れると、30分はロスをします。
午後の診療開始時間3時の1時間以上前に着いたのですが、それでも3番目。
午前中に受付を済ませていた方がいらしたようです。
入院の相談をしてきました。
状況が終了次第、入院して、徹底的な静養に努めたいと。
主治医からは「これは共依存ですからね!」と、再び、きつめに釘を刺されました。
そして「2週間程度は静養してもらって、後の2週間で順応を」と、一ヶ月の入院を提案されました。
アレ?
私の任意入院は、2週間が上限と言われてたんですが。
それだけ、現在の症状は重いという判断なのでしょうか。
私も、それ位は必要だろうと思っていたので「よろしくお願いします」と、頭を下げてきました。
一ヶ月とは、後半が辛くなることでしょう。
とは言え、まだ状況は継続中です。
次の受診を待っていたら、月をまたいでしまいます。
なので、電話での入院対応をしていただけることになりました。
自宅の最寄りバス停まで戻った足で、男性宅を訪問。
肩の傷の処置と、明日の通院時間を打ち合わせ。
同時に肩の傷と、今日取り替えたガーゼを、スマホで写真に収めさせていただきました。
これらの写真を添付して、息子嫁にライン爆弾を投下。
今月、こちらに来る機会を設けると仰っていたのですが「全面的にお任せするしかない」という返信がありました。
ウ〜ン、今月中に、こちらに来るのが難しくなっているのかなぁ。
投下した写真と情報をもって、二人して一致をみたのは、たぶん小さな褥瘡のようなものだろうという見解。
明日は内科の受診ですが、外科もある病院なので、肩の傷も診ていただく予定です。
(私がガラス製の灰皿で額を切った時に、処置をしてもらった病院ですから。あれから2年経ってんだな)
しかし、それにしても共依存です。
私は、今回「共依存」と見立てられたことを、特に悪いことだとは思ってないのです。
つまり、反省してない。
(主治医怒るだろうなぁ〜)
確かに、男性と私は、共依存関係にあるのかも知れません。
しかしこれは、とても期間限定的な関係です。
尾を引く余地が、とても短い。
同時に、共依存関係にある対象は、男性だけではないのかも知れません。
男性を取り巻く人間関係。
(皆「お前に任せるしかない」と言います)
男性の親族。
(「最期まで全てお任せします」と言われています)
そうした方達からも、私は強烈に依存されています。
男性からの依存に比べると、あまりに一方的で、捉え方によっては理不尽でもあります。
しかし私には、そうした方達の欲求を満足させてあげたいという想いは、欠片もありません。
ただただ、人生の最晩年にある男性に、悔いの残させてなるものか。
これだけです。
今までの人生がどうであれ、最後の最後に、満足で満たされていれば、それでいいんです。
そういう実例を、身近に2件、義母と実父に見てきました。
それを今度は、赤の他人の男性の上に見てみたい。
それが、私が男性に求めている全てです。
別の捉え方も、私の中で、ムクムクと湧き上がってきます。
今回、少々癖の強い、周囲から誤解や曲解されまくってる不器用な男性に、見込まれてしまった、とも言えます。
そういう男性との共依存関係にならざる得ない状況に、周囲から追い込まれてしまった、とも捉えることができます。
(そこに責任を求めるものではありません)
精神疾患の社会的な側面を考えると、このような関係が「共依存」と呼ばれるのは、現代社会的に致し方ないんじゃなかろうか、とも思えます。
社会の方から、そういう関係になることを要請されているようなものなのですから。
社会が共依存関係を求めているから、共依存はある、とも言えるのではないでしょうか。
社会が許容しない男性を、その人生の最後に差し掛かって、誰かが許容しなければならなかった。
そして、たまたま私が側にいた。
(周囲の人間をして「あれは本当に不思議だったね」と言わしめるだけの必然性があったように思います)
最後、最後と、明日にでも男性が命を落としそうなことを書いていますが、そんなこたぁないw
しかし、確かに私も、昨年末は「年を越せるのかな?」と心配していました。
3月には「いよいよ危ないぞ」と、覚悟を決めていました。
(その直後に救急車で運ばれ、4週間入院しました)
現在は、入院前よりも血色が良い。
表情も穏やかになりました。
それにしても、今、一人で暮らせている事が、本当に奇跡的な事に思われてなりません。
現在の状況がいつまで続くのか、凡智しか持ち得ぬ私には、計り知れないことです。
ただただ、目の前の一つ一つの出来事に、真摯に対処し続けていくだけです。
それにしても、私の側に立ってくれる方は、とうとう、ただの一人もいなくなってしまいました。
やっと、やっとココまで来られたか、という気分です。