ここで言う「デスマ」は「デスマーチ」の略称。
休みなし、残業てんこ盛りで、ブラックに業務をこなすことを言うのだそうです。
私にとっては、30代からそういう仕事の在り方が普通。
自営業者だった私には、生きていくのに必死で、デスマだとか意識した事はなかったです。
心身共に、限界を超えているようです。
「あんた、今、普通じゃない」とか言われちゃったんですが、どこが普通じゃないのか聞き返すのも面倒くさい。
確かに胸は苦しいし、ずぅ〜っと緊張感は続いているし、全くリラックスできない。
どこにリラックスのスイッチはあるのでしょう?
「あぁもうダメ!もうここまで!」と、自分の中で一線を引いてしまうのがいいのでしょうか。
でも、そういう事をしたことがないんです。
心身共に壊れたために歩けなくなり、日常生活に支障をきたすようになって、強制終了になった事は、大学生時代に1度あります。
今は年を喰った分、私も賢くなったので、体は壊れない程度にチャンと管理できているようです。
明日は午前11時からの音波内視鏡検査に付き添います。
誰かが付き添わねば、自力で検査窓口まで行くことすら、不可能です。
30分から1時間前には受付を終わらせておく必要があります。
糖尿病も患っている男性が、検査のために朝食を抜きます。
そのため、できるだけ早く検査を終えて帰宅できるよう、早め早めの行動をしておきたい。
早めに昼食をとってもらわなければ、低血糖で倒れちゃう可能性があります。
そのために、9時半に男性宅を訪問。
タクシーで移動します。
検査を終えて戻ったら、午後は私の外来受診です。
バスを乗り継ぎ、雨の中を歩き、1時間半ほどかけて移動せねばなりません。
同じ手間と時間をかけて、帰らねばなりません。
帰り着いたその足で、今度は男性宅を訪問せねばなりません。
肩傷口のケアと、明後日の通院時間を打ち合わせをせねばなりません。
明後日の朝も、明日と同じくらいの時間に、男性宅を訪問することになるでしょう。
明日、明後日は、まごう事なきデスマですね。
主治医からは、また怒られるかな。
現在の状況が終了したら、キッチリ静養したいと思っています。
そのために、入院を望んでいます。
その相談もしておきたいのですが、そんな私が望むような展開に、都合良くなるのかしら?
今までそんな展開になった試しは、ないのだけれど...
親友からは「時には逃げることも大事」と釘を刺されました。
私も人には時々言うセリフですが、この時は「誰を相手にモノを言っている?」と思ってしまいました。
(そう言ってくれた心は嬉しかったです)
そういう事を、ただの一度もしてこなかったからこそ、今の私はあります。
そういう人生を歩ませていただけた。
それだけで、私には、報いることの叶わぬ大きな恩があります。
その恩の一端に報いるチャンスを目の前にしている。
そういう意味でも、投げ出すという選択肢は、あり得ません。
私にとっては、初めて経験するケースです。
明日の展開が読めません。
読めないからこそ、万全を尽くしておく。
私が倒れては、確かに問題です。
しかし同時に、倒れるのを恐れては、何も掴み得ません。
明日、明後日の午後はゾンビのようになって歩いているでしょう。
ま、生きてりゃ良いです。
世の中はゴールデンウィークでしたが、老衰にGW期間はありません。
GW中も、男性のあらゆるものは、確実に衰え続けました。
来週の月曜日に確定診断をいただくことになっていますが、そこが一つの区切りになるんだろうなぁ〜と考えています。
男性は、既に開腹手術は諦める(当然です)と私の前では口にしました。
が、その場になると、どういう発言をするか分からないところもあります。
何がどう転ぼうとも、私にとって悪いことには絶対にならないという確信だけはあります。
朝起きるのは、本当に辛い。
飛びそうになる意識を繋ぎとめながら、布団の上で四つん這いになり、30分から1時間も、体を動かせる状態に頭が機能するのを待たなければなりません。
この時の「寝てしまいたい」という衝動との葛藤が、一番辛いです。
恨みとかはない、純然たる自己葛藤です。
こうした葛藤も、私にとって絶好の学びの機会なのでしょう。
きっと後々、あの時本当に苦しんでおいて良かったと言える時が来る。
今、こうして苦しめるのも、今までの苦しみを、一つ一つ、全部乗り越えてきたからこそですから。
デスマ、頑張ります。