詮(せん)ずるところは... そういう事なのですね、という一日でした。
今日も男性の通院に同行です。
血液検査の結果も聞きたい。
主治医の話も聞きたい。
何より、叶うなら再入院させたい。
昨日よりも、さらに30分早く起床です。
体調的には、とてもシビアな一日になりました。
昨日の血圧を看護師に話し、診察までの時間、ベッドで横になって過ごせるようにしていただきました。
あ、私じゃないですよ、男性の方。
しかし、実際には私の方も「ストレッチャー持ってこぉ〜い」な状態でした。
精神的にも「あぁもう限界だ!何もかもほっぽり出してしまいたい!」と、かなり追い詰められた状態でした。
それでも「きっと血液検査の結果が悪くて、主治医から再入院が申し渡されるだろう」と期待して、ジッと耐えておったのです。
しかし、私の期待は、見事に裏切られました。
医師が言います。
あれほど悪かった肝臓の数値が、正常値に戻っていると。
なので、通院での経過観察となりました。
しかも、かかりつけ医の次回受診日は26日。
エ?
それまで、この人の生活を、誰が、どうやって支えるの?
歩くこともままならなくなってきている上に、自分の頭さえ、ジッとは支えていられない状態になってきていると言うのに...
私は「イヤ、この状態で一人暮らしは...」と主治医に食い下がりましたが、今度は男性が「入院はしたくない」と言います。
誰があなたの生活を支えるんだ?
心の中で叫んでいました。
ま、人間なんて、こんなもんです。
どれだけ他者に尽くそうとも、いざ、自分がトコトン窮地に陥ったら、いとも簡単にその意志、信念をへし曲げてしまう。
(普通はもっと早くに逃げ出していると思いますがw)
その後も、処方箋薬局に付き添い、自宅に一緒に戻り、午後の買い物に出かけるための車両の手配を行い。
私の体調は明らかに不調でしたし、メンタル面も、かなりどす黒いものになっていました。
表情はどこか空虚。
男性へのリアクションもワンテンポ遅い。
いつもとは違う私であったはずです。
しかし、話しかけられれば、笑顔で応える。
心中とは裏腹なツラを下げていました。
こういうのを、本当の「偽善」って言うんでしょうね。
男性と一緒にいる時も、別れた後も、ずっと心中では葛藤が続きました。
もう俺は十分にやったよな?
逃げてもイイよな?
俺が逃げて、男性はどうなるんだ?
俺に逃げられた男性は、どういう状態になるんだ?
今までも、逃げずにトコトン窮地を這いずり回ってきたじゃないか。
今回も、そうするべきじゃないのか。
そうすることで、私が学ぶべき「何か」があるのじゃないのか。
そんな葛藤を散々繰り返して、フッと頭に浮かんだのが、タイトルの言葉です。
アァ、そういう事だったのか、と。
きっとそういう事に違いない。
そうすれば、全てのつじつまが合い、合点がいく。
もしかすると、俺はとんでもないことをしでかしているのかも知れない、と。
自分の中で、合点がいきさえすれば、もう窮地は脱しています。
午後、車を出していただいて、近隣のスーパーを2軒回って、食料の買い出し。
買い物カートを押しながらだと、男性は、結構平気で、スタスタと店内を移動できます。
それが、杖だけになった途端に、いきなり足取りが怪しくなります。
体を支えるための筋肉、つまり体幹部分でしょうか、そうしたところが相当に弱っているようです。
しかし、そうした男性を支える私の方は、午前中とは全く別人になっていました。
とても大切なこと、一番大切なことを、実地で学ばせていただいたように思います。
言葉では知りつつも、これは結局、どういうことなんだろう?と、ずっと心の中で疑問に思っていたことです。
その疑問が、やっと少し、解け始めたようです。
詮ずるところ、人生の醍醐味、極理は、こうしたことなんだと、深く合点のいく一日でした。
まだまだ波乱は続きますが、きっとここからは早いのでしょう。