男性のベッドサイドには、今日も洗濯物が袋に入れられて、置かれていた。
昨日は清拭で出た洗濯物を持って帰り、今日は洗い上がったそれを持参。
今日も洗濯物を持って帰ることに。
今、洗っている。
盛大に寝汗をかいて、下着などを着替えたそうだ。
体温は36.8℃に落ち着いたと言うが、イイヤイイヤ、それは落ち着いたとは言わない。
大汗をかいたから、その体温でおさまっている。
それだけだから。
発熱が続いている証拠だから。
それを、分かりやすく、丁寧に説明する。
どうしても、退院後を考えてしまうらしい。
しかし、みんなは知っている。
退院後がない事を。
男性も、薄々は気づいている。
しかし、気づきたくない、嘘であれと、抗っている。
毎日、顔をつきあわせていると、少しずつだが、確実に変化していることが分かる。
(体重も毎日100グラムずつ減っていると言う)
今日、強く感じたのは、記憶の混濁。
昨年秋の入院時の記憶と、今回の記憶を、一部、混同している。
今日の段階では、混同しているらしいことを、自覚できている。
時をおかず、記憶の混同は、さらにその度合いを増していくんだろう。
これは、意識が混濁しつつあることを示している。
理性的な判断ができなくなってきていることを示している。
遠くないいつか、意思の疎通も、難しくなるかも知れない。
今夕、男性から電話が入る。
明日、病院に来る時に、短時間で計れる体温計を買ってきて欲しいとの依頼。
声の響きが、どこかうつろ。
これは危ういなと感じる。
検温なら、病棟でも定時的に行われている。
つまりこの依頼は、病院が検温に使っている体温計の性能を疑っていることによる。
そうした、理性的とは言えない判断を下すぐらいに、既に意識が混濁を始めているのではないか。
不安感が理性を凌駕し始めているのではないか。
また徘徊などの問題行動を起こすのではないかと危惧する。
病院からの帰り道、これから直面させられる事態を案じていた。
その懸念が、上の一本の電話で、確信に変わった。
その他、不測の事態に備えるための活動も行う。
男性の状態は、必要最小限の人にしか、詳しくは伝えていない。
情報をオープンにすることは、いざという時、私の身を危うくすることにもなるからだ。
私の身が危うくなれば、私は男性の元を訪れることもできなくなる。
私にとって不利益であるばかりでなく、それは、男性にとっても大きな不利益になる。
なので、万事は「秘すべし」で事を進めている。
社会が、少しも早く、こうした個人レベルの、善意を基とした行動を是認し、支持してくれるようになって欲しいと願う。