徘徊って言っても、私が徘徊したわけではありません。

私は、腰は痛いし重いし、両足の太股裏も痺れるような痛みがあり、それらが癒えるまで起きられませんでしたし。
やっと大丈夫かなぁとなったのは、午後二時半。



それから一時間ほど後に、男性の病室を訪問するのですが、目が点になるような事態が待ち受けていました。




男性の顔が、半ば能面のような無表情。
着ていたハズのパジャマは、上は畳まれてテーブルの上に、下は下着と共にビニール袋の中。
男性は、上は下着だけ、下は病院貸し出しのパジャマで横たわってました。



開口一番、出てきた言葉が...



ワシャ、昨日のことと今朝のことを覚えてない。



しかし、昨日、私が訪れたことは覚えています。
私が誰であるかも、ちゃんと認識できている様子。
ますます訳が分かりません。



覚えてないんじゃが、どうもワシは暴れたらしい。



下着も含め、下半身の着衣がビニール袋に入れられているのは、尿失禁を伴っていたからのようです。
聞けば、約一時間前の体温測定で、38.6度もあったとのこと。



半ば放心状態の男性。
それでも何とか理性的に、問題の原因を探ろうと思案しているようです。
そして、私に言います。
眠剤がいけなかったんじゃないか?
今晩は黙って、飲まずに休もうと思う。



イヤイヤイヤイヤ、病棟の管理下で起こっていることなんだから、そうした事も含めて、主治医などの判断に任せるべきでしょ!
とは心で思ったものの、それを口に出すことは憚られます。
恐らく、正論を述べても、それを理性的に認められる状態ではないようです。
感情的になって、かえって今後の訪問を難しくする可能性もあります。



なので、「そうですか」と男性の言い分を飲み込み、私の意見を述べることはしませんでした。
発熱もありますし、かなり精神的なショックもあるように見受けられますし、心身共に疲れているだろうと判断しました。
看護師に、起こった事の内容をうかがってから帰りますね、ゆっくり休んでください、明日、また来ますねと語りかけ、脱がされた着衣をまとめ、病室を後に。



起こった出来事の詳細は書けませんが、有り体に言えば、徘徊を病棟内で行っていました。
これでは男性がショックを受けるのも無理はありません。
しかも、今日は体温が39.8度まで上昇するなど、バイタルも不安定です。
共に原因は不明です。



帰宅後、着衣は直ぐに洗濯乾燥機へ。
出来事のあらましをまとめ、息子さんご夫婦へLINEで連絡。
かなりビックリされておられる様子。
とは言え、遠方に居住されているので、出来ることは何もありません。
しかし、何も知らせないままにもできません。
心苦しい想いや心配ばかりを募らせるとは分かっていますが、そうした事を共有するのも家族の役割。



私と言えば、ご家族や当人には言えないことですが、ますます退院は遠ざかった、退院できる可能性そのものが、ほぼ無くなったと感じています。
入院という環境の変化。
徘徊行動という衝撃的な現実。
確実に削られていく体力。
不可逆的な内臓疾患。
そして実質88という高齢。
これで、まだ退院、自宅療養の可能性が残されていると言うのであれば、私こそがソレを教えてもらいたい。
絶望的ではありませんが、自宅からの通院による療養を期待できるほどの楽観も抱けません。



こうした現実を、男性が認知し、受容できるか。
そうした困難な課程の中で、私が果たし得る役割とは。



幸いにも、私はこの状況を悲観的に捉えていません。
所詮、誰人も死を免れることはないのですから。
その避けがたいゴールに向かう過程こそが大切だと、私は考えていますし、今までの経験も、その正しさを示しています。



人生は、最後の最後が、最も大切です。
諦めの中で最期を迎えるのか。
後悔や無念、執着に翻弄されながら迎えるのか。
はたまた感謝や達成感か。
文字通り、人生の総決算です。



そして、私だからこそ果たし得る役割があるはず。
私はその様に確信しています。