一昨年前の入院時、ついつい主治医の前で、処方薬の1つ「サイレース」を使った自殺的行為を語ったために大目玉を食らい、以来、一ヶ月に一回の通院が、二週間毎に短縮されてしまった。
もちろん、サイレースの処方量を制限するため(一ヶ月分を一気飲みしても死ぬことはないんだがね)。
しばらくすると主治医の担当患者が増えてしまい、二週間毎の通院が三週間毎と、ちょっと不規則だが通院間隔を延ばされてしまった。
つい最近、気がついたのだが、私の主治医が「主任部長」に昇進していた。
院長、副院長に次ぐNo.3の立場になってた。
とても変わり者で、世渡りが下手で、「お前こそ受診した方がいいんじゃないか?」と思うところもある先生だが、話をしっかり聴いてくれると患者受けは一番良く、加えて薬の処方にも大変に慎重で(そのための資格も取得していると聞いている)、精神科医としての腕は確かな方だと私も思ってる。
ただ、その世渡りベタが災いし、医局の出世街道からは遠ざかり(たぶん自ら遠ざかったのだと思う)、飛ばされた先の病院ではいいようにこき使われ、その待遇の悪さに辟易して現在の病院勤務になっている。
私とは前職場(病院)時代からの付き合いで、先生が現在の病院に転職してくれたことで、前と変わらず診てもらえているようなものだ。
(前の病院はえらく遠方なのだ)
先生が職場を変わってくれていなかったら、私の方が主治医を替えなければならなかっただろう。
そうなれば、今のような治療環境を整えることは、到底、できなかったことと思う。
昨日は、夕方5時まで寝ていた。
昨晩は通院に備えて、10時には布団に潜り込んだ。
通院日前日ってのは、今もなかなかスムーズに入眠できない。
半覚醒状態と入眠状態を繰り返して、朝を迎える。
通院程度のことがストレスになって入眠の妨げになるってのが、私の現状だ。
話は変わる。
昨年の暮れが迫った11月、近隣のご夫妻が「知人の農家から大量にいただいた」という玄米の一部を白米にして、私に贈って下さった。
「美味しくはないよ」と言われたが、私はありがたく頂戴した。
10キロは軽くあったと思う。
12月、体調を崩し始める。
今年の冬の陽気が定まらないのが原因か、はたまた自分の老化かと、その原因を疑っていた。
胸焼け、腹部の痛み、胃液の逆流、時に激しい腹痛、四肢の激しい冷え。
年が明けた最近では、そうした症状がさらに悪化し、口内炎までできて難儀する。
真剣に内科の受診を考えた。
そうこうしている内に、いただいたお米が底を突いた。
近所のスーパーで買った白米を食べるようになって、あれよあれよと症状が改善した...
どうも、いただいたお米に、体に入れちゃいけないものが含まれていたようだ。
(今日、肝機能検査の結果が出たが、肝機能に問題はなかった。胃腸障害だけで収まってくれていたようだ)
3日ほど自分の体調変化を観察し、お米が原因であることを確信して、私にお米をくださったご夫婦を訪ねた。
「あのお米は食べてはダメだ」と伝えるため。
案の定というか何というか、そのご夫婦も、私と似たような症状で苦しんでいた。
私の話に、即座に納得してくれた。
ま、普通、農家がくれるお米に問題があるとは思わないよね。
まったく盲点だったわw
そうこうして体調を崩している間に、過去に治療してブリッジを組んでいる歯に問題が発生してしまったようだ。
明日の治療予約を入れたが、たぶん、歯の一部が割れて、崩れているのではないかと疑ってる。
もう30年も前に組んだブリッジではあるし、10年ほど前には歯の根っこに膿が溜まって、一度、手を入れてる。
当然、神経はないわけで、その分、脆くなっていたわけだが、そうしたこともあって、とうとう歯が限界を迎えたのかも知れない。
昨年は左のブリッジを支える歯を痛め、神経を抜いた。
今年は、早々に右側のブリッジにトラブル。
これも老いるということかw
最近、ある書籍を読んで、私の親父が神経発達障害の一種、おそらくは自閉スペクトラムに分類される人だったのだろうと自覚するようになった。
自閉スペクトラムと一言で言っても、そのありようは人様々。
私の父親のように、病気や障害では?とは少しも疑われずに大人になり、近親者を大いに困惑させつつも、周囲からは普通の人と思われたまま生涯を終える人もいる。
もうこうなると、病気とか障害とかではなくて「個性」なんだが、その「個性」が自閉スペクトラムだったのだ。
読めば読むほど、知れば知るほど、間違いないと思える。
そして、その父親の元に嫁いだ私の母親もまた、自閉スペクトラムとまでは言えないまでも、場の空気を読むことを不得手とし、人間関係の構築に問題を抱えていた女性であったのは確かだ。
典型的な「割れ鍋に綴じ蓋」な夫婦だったのは疑いがないが、そこに産まれざる得なかった妹は、今でも大変に苦しんでいる。
私はと言うと、そうしたあらゆる事を含めて、淡々と、客観的に咀嚼し、自分の一部にできていると思う。
世の中には、本当にビックリするような人がいるんだが(それが得てして「普通の人」と世間からは見なされていたりもする)、私はもっとビックリするような人に育てられたようなものなので、もう今さらそのような人を見聞しても、ビックリしたり憤慨したりすることもなくなってしまった。
そもそも、そうした私の生育環境を冷静に振り返ってみて、よくぞまぁ大学まで進学して卒業したものだと、我が事ながらちょっとビックリする。
またその後の多くの出来事も、自分の生育環境を振り返ってみた時、これはちょっと大変なことをやらかし続けてきてるんだなぁと、今さらながらビックリしている。
とても大変な両親、特に父親であったのだが、今となれば、その大変な大役を、よくぞ勤め上げてくれたと、私は感謝している。
(妹はまだ憎しみに身を焦がしているような様子だが。早く妹家族にもかかわれるようになりたい)
万事は自分のありようで決まる。
自分のありようを規定する、本然の自分に、どこまで肉薄できるか。
そして、そうしたことで、万事のありようを本当に規定できるのか。
私の本年最初のテーマは、先のエントリーでも書いたように、そこにある。
目に見えない、手にも取れないことで、自分の自覚のみが頼り。
だからこそ、病を治すことこそが、目下、喫緊の課題なのだ。
そうやって、やっと本然の自分に、少しばかりでも触れることができるようになる。
足下にこそ、智慧、勇気、希望の泉はある。