冬の陽気もようやく底を打ってくれた感があり、安心しました。
年を重ねた為か、はたまたそういう病気だからか、昨年11月来の陽気の変動にはホトホト困り果てていましたから。



今日は午後3時に起床できました。
年明けには午後5時まで寝ているような生活が続いていましたが、その睡眠の質や時間が、ここ2週間ほどで急速に変化しています。
午前中、一旦は目を覚ましても布団の中でジッとしているのは相変わらずなのですが(敢えてそうしてる)、段々と再入眠のタイミングが遅くなってきています。


再入眠後も非常に眠りが浅く、入眠と半覚醒を何度も繰り返していることが多いです。
眠りの中で見た夢を、半覚醒状態の時に分析し、そのまま、また夢の続きに入る、なんてこともありますw
そうしたことを行っている自分を「ヘェ〜、こんなこともできるんだなぁ」なんて、冷静に観察している自分もいます。
なかなか興味深いですw


今日などは「なかなか寝られないなぁ〜」と、お昼前後までウツラウツラしつつ、気がついたら入眠状態で2時間も経過していてビックリしました。


だったらいっそのこと午前中から起きちまえばいいのですが、頭の中、主に前側に「ドヨン」と重い感じが漂うので、「これも治療だ」と自分に言い聞かせて寝ています。
とても微妙で曖昧な「ドヨン」なのですが、この「ドヨン」感が確実に軽くなってきているのも実感しています。


次の関門は、3月・4月の、陽気が春へと大きく変動する期間を、どのように過ごせるかですね。
その期間を上手く乗り越えられるよう、今日から始まる2月を、充実した毎日にしたいと思っています。


具体的には、やはりチャンと寝ること。
長時間の睡眠時間なりに、チャンと生活リズムをキープすること。
食事の内容や時間にも、チャンと配慮すること。
陽気の安定している今こそ、周囲の方達との繋がりをさらに深め、「環境に振り回される」自分から「環境を制御できる」自分へと、さらに自己基盤というかバックボーンというか、そうしたものを強固にする挑戦も行います。
(こうしたことを全部理解の上で、サポートしてくれる人たちがいることが、私にとっての最大の幸いですね)


今月のテーマは「私のありようによって周囲のありようを定義する」なんですw
私自身が秘めている潜在力ってのを、まず私自身が深く信じ、行動し、それが周囲にどれほど影響を与えうるものなのかを、私自身が知りたい、という趣旨です。
(今までもだいたいそんな人生だったような気がするけどサ)
言ってること、ワケ分かんないですよねw
既に舞台は整ってきていまして、まぁ大変ですw
周囲には「ありがたいなぁ」とも「申し訳ないなぁ」とも思うのですが、まぁシッチャカメッチャカです。


今日も布団の中で周囲の色んな問題を考えていたら、十二指腸のあたりは痛み始めるし、胸は苦しくなるしで、あまり思い悩んでもしゃ〜ないなと開き直るのに、少し骨を折りましたw
基本的な考え方、方向性は明解なのですが、臆病に取り憑かれた人の心ってのは実に環境に左右されやすく、かつ危うく、配慮には慎重の上に慎重を期す必要があるものですから、そのための差配を考えていて、少々ヒートアップしすぎたようです。


焦ってはいけません。
私が私らしくありさえすれば、チャンと道筋はついていくハズです。


それを自らの身で証明し、実感すること。
現実の上でチャンと結果を出すこと。
理屈もやりようも分かっているのに、ついつい焦って自らの心を焦がす自分のありように、やはり私も現代に生きる人間の一人なんだなぁと、苦笑してしまいます。



まだ夕方5時まで寝ていた頃のお話です。
どうせ何もすることはないのですから、誰に悪びれることなく堂々と寝てりゃいいのに、午後も4時を過ぎる頃になると「起きないといけない」と思っている自分に気づきました。
起きる必要なんてからっきしないのに、「こんな時間まで寝ていてはいけない」という切迫感が、勝手に自分の中から湧き上がってくる。
ずいぶんと長い期間、苦しんできましたが、やっと自分の心の奥底にへばりついていた、自分を苦しめてきた根源の一端に触れられるようになってきたなと思いました。
そうした自覚を覚えてからは、「こんな時間まで寝ていてはいけない」という切迫感が突き上げてくることはなくなりました。

入眠は、さらにさらにスムーズになりました。
やはりまだセロクエルとサイレースは手放せませんが(服用を忘れると見事に寝られないw)、眠気を感じ始めたら直ぐに入眠できるようになっています。
少しでもいい春を迎えられるよう、丹念に心を休め、ほぐし、丁寧に練り込んでいきたいと思っています。