昨日は外来診療日でした。
早朝まで寝られなかった(たぶん4時近くまで)ことや、帰宅後に入院中の男性を見舞ったりと、なんやかやと忙しくしていたので、少々体調を崩しました。
(男性は来週退院の予定です。色々と不安はあるのですが、とりあえず退院です)
なので本日のエントリーとなりましたとさw
たまたま通院で乗り込んだバスに、姪っ子も同乗してました。
ホント、偶然。
いつもは父親(妹の旦那さん)運転の車で通院しているはずなのですが、その日はたまたまバス。
バス停から病院への道すがら、そして病院の待合で、ずっと彼女の話を聞いてました。
姪っ子の話を書き出すと、なかなか長い物語になってしまいますので、サクッと割愛。
それでも、ちょっとだけ書くと、私の妹も、妹の長女(この姪っ子は次女)も、精神科を受診してまして、入院歴もそれなりにあります。
もうこれだけで、分かる人には「アッチャァ〜」と言われそうな状況ですねw
姪っ子姉妹は、共に統合失調症と診断されているようですが、次女の方は明らかに統合失調症のそれとはだいぶ毛色が違う様子を示しています。
次女は以前、違う病院を受診していましたが、主治医と反りが合わず、困り果てていました。
それで、私の助言で、病院と主治医を替えた経緯があります。
現在は、私の主治医が彼女を診てくれています。
相性がいいようで、彼女もとても喜んでいます。
彼女の話を一々頷きながら丁寧に聴き、彼女の真意を心得た上で、少々の助言を語り、励ましを送りました。
目に何度もハンカチを当てながらも、その目に希望の明かりが灯ったようにも見えました。
そんな彼女を、私は少しも「可哀想」とは思っていません。
「本当にご苦労さま。どうかチャンと苦しんで、時間はかかっても、必ず乗り越えて欲しい」と思っています。
そうすることで、とても希有な人生を歩むことになるであろう、大いなる可能性をもった女性だと信じているからです。
そのために、敢えて苦しむ人生を歩んでいる。
そのような方なのだと、仰ぎ見る想いで、語る言葉を選びました。
と、人のことを書いている場合じゃないよね!
問題は私の治療ですよ!
前回の診療の時よりも、また一段と改善してきたと思っているんですけどねぇ...
ここ3週間の間に起こったこと、身の上に現れている症状の変化、心的変化を、縷々伝えました。
しかし、主治医の顔には、ちっとも安堵の色が浮かびません。
「じゃ、このまま続けていきましょう」と、イイですねとも、良くないですねとも言われず、あっけなく診療は終わりました。
医師から診たら、まだまだ安心できる状態にまでは至っていないんだなぁ...
私の中でも、以前よりも改善している、特に1年前のことを思えば格段に良くなっているという自覚はあります。
しかし私自身にも、まだ違う、こうじゃないという、漠然とした思いがあります。
不安とか焦りは、本当にどこに行ってしまったのだろうと思うほど、私の中には欠片も見当たりません。
でも違う。
こうじゃない。
私はまだ、本当の私を確実に掴み取れていない。
私はまだ、私の真実を正当に評価し、真っ当に認識できてはいない。
今はまだ、そこに至るまでの途上。
症状は改善してきているけども、そうしたことは実は、そんなに重要じゃない。
そうした病を抱えてまで生きてこなければならなかった、そうしなければ掴み取ることのできない「本当の自分」を、私は確かに分からなければならない。
そのように感じています。
そしてそれは、さほど遠い先の話ではないとも感じています。
私は今、周囲のありとあらゆる出来事が、ある一点に向けて収斂していっている様を感じています。
少々大変ではありますけど、大変だからこそ、今は己の信じるままに、より徹底して行動することだと考えています。
その行動を貫く果てに、私もまだ本当には知らぬ「本当の私」の姿が見えてくるハズ。
様々なことが並列して、多層的に起こっていますが、私の発想と行動は実にシンプルです。
そして、自分の中の「ブレ」が、ますます小さくなっていっている。
コレでイイ。
このままでイイ。
本当に「狼狽」とか「不安」、「焦り」などとは無縁の日々になったなぁw
今はそれで十分でしょう!