頭の芯がジーンと熱い。
熱くて、重くて、体を動かすこともできない。
どうやっても起き上がれそうにない。
許されるならば、夕方まで横になっていたかった。
午前中に電話が鳴る。
妹さんが見舞いに来院されたとのこと(昨日、ご本人から連絡は受けていた)。
すぐにでも病院に向かい、挨拶を交わしたかったが、秋雨の中、それはあまりに無謀。
また、今すぐに、必ず会わなければならない訳でもない。
昨日の懇談で、全ては尽きていると言ってもいいぐらいなのだから。
伝言を託して、気を失うように眠る。
それでも、男性の声の響きに混じる不安感、自分の健康を支えるための買い物、約束した作業などなど、今日こなさなければならない作業量を考えると、起きずにはいられない。
男性の家に入り、必要なものを揃える。
車を出してもらえそうな方に連絡を入れるが、不通。
やむなく小雨の中、自転車で走る。
入院手続きに必要な書類を、やっと提出。
病室で、男性としばらく懇談。
段々と心が安心に傾いていくのが分かる。
明日は3名で遊びに来ますと告げて、小一時間で失礼をする。
急いで部屋に戻り、食料の買い出し。
夕方から、頼まれていた画像の編集・修正作業に取りかかる。
皆さんに納得していただける品質にはできたようだ。
来月に迫ったイベントの打ち合わせを行い、種々の提案をし、イベント遂行の背骨となるお仕事をいただいて帰る。
(アイディアの発案や、運営の裏方は、私の得意分野なので)
連日、病院に通っていても、日々、新たな不安が男性の心にわき起こっているのが分かる。
メンタル的に依存傾向の強い方ではない。
どちらかというと、自立心の高い方で、それを裏付けるような来歴をお持ちだ。
しかし、老いは容赦なく、男性から色んな機能を奪い去っていく。
気力、体力、記憶力と、昨日までできていたことが、今日になるとできなくなっていく。
その上、交通事故での打撲に骨折。
既に回復力も枯渇しかかっていることを、嫌でも自覚させられておられるに違いない。
しかも、元来が自立心の高い方で、人から頼りにされることはあっても、人を頼りにして生きてこられた方ではない。
そうした人生を歩んできた自負がある。
その自負や経験の中に、人を頼るという方法論はない。
そういう人が、自分一人では何もできない、今後も不透明という状態に、突然、突き落とされた。
怯えもするだろうし、不安を覚えるのも、もっともなことだと思う。
加えて、この方のプライドの高さは、周囲に人を寄せつけてこなかった。
本当に理解してもらいたかった人を、敢えて自ら遠ざけ、誤解を与えるような、不器用な生き方をされてきた。
そうした相反するものを心に抱えながら生きてきたなんて、私はとても人間らしいと思う。
過去の経験と自負に敬意を払いながら、スッと自然に心の不安に寄り添う。
一つ一つの話題に相づちを打ちながら、話だけではなく、その全てを肯定し、賛嘆し、受け容れる。
そういう存在がいてくれているという事実が、不安を払拭する。
そういうものだと思う。
そう信じて、連日、足を運んでいる。
書きたくはないが、現実に死の予兆も感じておられるのだと思う。
それは私も感じているし、昨日、お会いした息子さんの奥様も感じておられた。
男性も、それを匂わすような言葉も発している。
そして何よりも、次々と起こり来る色々な事実が、そうした方向性を示しているようにも感じられる。
そうした、ありとあらゆる諸々を勘案すると、今はひとときたりとも不安に心を奪われるような時を過ごさせてはダメだと思われて仕方がない。
明日はお昼から、私を中心とした近隣住民のミーティングもある。
それが終わったら、一緒に見舞いに行こうと、約束もしている。
色々なものが、今までにないペースで動き始めている。
色々なものから、私が中心軸でいることを求められてきている。
皆さんの協力を上手に仰ぎながら、全てを完璧に形にしていきたい。