一度、電話を切り、布団を片付け、身支度を調え、こちらから改めて電話。
11時頃、病室で落ち合う約束をする。


聞けば夫婦して、同じ介護福祉施設で働いていらっしゃるという。
昨晩の電話で少々うかがっていたが、奥様の親に尽くしたいという孝養の思いの源を、改めて聞かせていただく。
お話の内容もさることながら、その声、真っ直ぐに見つめる瞳、凛とした姿勢に、実直な人柄を強く感じた。
男性の息子さんも実に優しい方だという印象が、声だけだけども、私の脳裏に残っていた。
その息子さんにして、この奥様。
今の時代、希有な方だなぁと思わされたのと同時に、このお二人は、なるべくしてご夫婦になられたんだなぁとも思わされた。


奥様の様子やお話に促され、私も自分の経験や思いを語らせていただく。
そうしたことをするつもりはなかったんだけども、この方には、今この時にしておかなければならないと思えた。
私は幸運にも、入院されたお父様のような方、そしてそのご家族に寄り添える力を得ることができたこと。
その力、経験を、社会に還元したいと願っていること。
その想いに応えて、皆さんが快く協力してくれていること。


深い深い納得と安心をもって、私を受け入れてくださったと確信している。


その奥様から、私も懸念していた一言が発せられた。

 

 

もしかしたら、施設に入っている母よりも、父の方が早いかも知れません。

 

 

それはこの9月に、男性に再会した時から、私の心の中で、何かモヤッと、漠然と感じていた不安。
それを具体的な予測として言われ、その不安の実体を知らされたように思った。


先のことは分からない。
そのような予測を前提に、動く必要はない。
しかし、いざそのような事態に至っても、私の発想と行動は不変だということは分かってもらえたし、私も、息子さん夫婦と緊密に連携が取れることが、よく分かった。
そのような事態に至っても、全てを私に託してくださることも分かった。
そこさえ互いの間で分かり合っていれば、何も心配する必要はない。


なかなか得がたい出会いであったと思う。
ありがたかった。