朝6時13分、枕元のスマホがけたたましい着信音をたてる。
眠い。
無視してこのまま寝ようかとも思う。
しかし、この時間帯の電話は、非常事態の証。
発信者は、二日前に、電話番号を交換したばかりの、近隣に住む86才の男性だった。
請われて、男性の携帯電話に、私の携番を登録したばかりだった。
半分、寝ぼけた声で出た。
しかし、男性の声は、私のそれよりもさらに弱々しかった。
ただ事ではない!
すぐに身支度を調え、男性のアパートに向かう。
歩きながら、必要と思われる関係者に電話をする。
アパートは、入口も窓も、全て施錠されていて入れない。
中から男性が弱々しい声で、予備の鍵を預けてあるご近所さんを教えてくれた。
すぐさま向かい、そこのご婦人に事情を話し、鍵を持って同行していただけるようお願いする。
しかしとっさのことで、彼女は鍵の所在を思い出せない。
やむなく、鍵を持たずに二人でアパートに戻る。
外からの呼びかけに、男性は何とか裏口まで這い出して、鍵を開けてくださった。
無造作に脱ぎ捨てられた衣服。
布団に上向きに横たわり、少し弱々しい目つき。
狭心症に不整脈と、心臓に重篤な持病がある。
この夏の暑さで、体力も落ちている。
加えて、左肩の関節を骨折していた。
左大腿部が膨れあがり、動かすのに痛みを伴うようだ。
しかし幸いなことに、ここの骨は問題ないようだ。
おそらく打撲の影響。
他、左脇腹、左首筋に痛みを訴える。
左半身に、ダメージが集中している。
そこに、電話で連絡を取った一人が駆けつけてくれた。
すぐに救急車の手配をお願いする。
男性の肩をさすりながら、「安心してください。すぐに病院に搬送しますからね」と語りかける。
語りかけながら、昨晩、近隣のかかりつけ医によって用意された紹介状や、目につく限りの処方薬、必要と思われる保険証の類をかき集める。
程なく、救急車と警官も到着した。
救急車を手配してもらう時に、昨晩、交通事故に遭っていることを伝えていたため、警官もやって来たようだ。
しかし、昨晩の内に事故処理がなされていることを知り、彼の仕事は終わった。
場所を救急車内に移し、救急隊員と搬送先病院との交渉が始まる。
病院側は、当直医しかいない時間帯なので、時間をおいて来院するよう主張しているようだ。
心臓に持病があります。
いざ全身状態が悪化した時には、自宅では処置ができません。
一刻も早く医療機関に搬送するのが、最善の策だと思います。
受け入れをお願いしてください。
それで病院側も受け入れてくれた。
救急車には私が同乗した。
駆けつけてくれた方は、自家用車で一足先に病院に向かう。
「安心してください。これから病院に向かいますよ」と告げると、モニターが告げるビート音が、心拍数が少し低くなったことを教えてくれた。
やはり不安を抱いておられたのだなと感じる。
当直医による診断によって、左肩の骨折には手術が必要との判断が下される。
私ともう一人には、それ以上病院に留まっていても、しばらくできることはない。
私の連絡先を告げ、処置が終わって病室に移動したら、連絡をいただくようお願いし、男性にも声をかけ、二人して病院を後にする。
昨日、男性は施設に入っている奥様を見舞うために出かけ、帰りが遅くなっていた。
最寄り駅まで戻ってきた時には、すでに夜の9時を回っていたようだ。
「タクシーで帰った方がいいかも」と、一瞬、心に不安が走ったそうだが、結果的に乗ってきた自転車で家路についた。
そして、事故は起こった。
男性は「相手の車は無灯火だったんじゃないか」と言っているが、男性からみて交差点左側から車が飛び出してきて、自転車の後部に衝突。
その衝撃で空中に投げ出され、左半身を下にしてアスファルトに激突。
相手の車は、そのまま走り去った。
ひき逃げ事故だ。
すぐに110番、119番を行ったそうだが、病院への搬送が必要であったため、現場検証らしい現場検証は行えなかったようだ。
かかりつけ医でのある搬送先病院で、左肩の骨折を告げられ、明日、同市内の整形外科を受診できるよう連絡をつけ、紹介状も用意され、今晩は同病院に一晩入院するように告げられたそうだ。
しかし、事故後のアドレナリン出まくり状態で、自分の全身状態を把握できなかったようだ。
タクシーで自宅に戻り、自転車は警察に運んでもらったと言う。
家に着いた段階で、既に激しい痛みが走り、布団を敷くのがやっとだったそうだが、その痛みと事故を起こされた相手への怒りが朝には最高潮に達し、私への電話となったと男性は語る。
話を私に戻す。
一旦、自宅に戻り、預かっていた男性の携帯電話で、一番連絡を取りあっている妹さんに電話を入れる。
事の経緯を話すが、ご自身もご高齢のため、こちらに来ることは叶わないという。
男性の一人息子が他県に住んでいることは知っていたが、諸事情から、この親子は連絡を取りあっていない。
私も連絡先を知らない。
携帯にも登録されてさえいない。
妹さんからすれば甥にあたるわけだが、彼女から息子さんに連絡を入れてもらい、私の携帯に電話をしてもらえるようにお願いをする。
程なく連絡あり。
事の経緯を説明し、諸事情を勘案して、今はまだこちらに向かう必要はないと告げる。
また、息子さんがこちらに簡単に来られない諸事情があることも分かっている。
追ってこちらから連絡を入れるまで、待っていて欲しいと伝える。
程なくして病院から、男性が処置室から病室に移動した旨の連絡あり。
警察からも、事故の証拠品となる当時の着衣と靴の保全依頼の着信がある。
午後1時に関係者に集まってもらい、男性のアパートで入院に必要な荷物をかき集める。
(事前にリストを書き上げて臨んだが、それでも結果的には抜けているものがあり、もう一度、病院に向かうことになる。それでもまだ必要な書類が全部揃わず、明日、紙おむつなども購入の上、向かうことになっている)
今度は私を含む男性二人、女性二人で病院に向かう。
皆、男性とは特に懇意にしている面々だ。
そこで、手術は連休明けの20日に行われることを知る。
その後の入院期間については、今のところ全く不透明。
幸い、左大腿部の腫れは朝よりもひいており、腰から下のダメージは主に、打撲によるものだと思われる。
これならば、早期に自力で歩けるようになるのではと、皆で少し安堵する。
問題は入院手続きだ。
身元保証人と連帯保証人が必要だ。
退院時の支払額はだいたい読める。
大したことはない。
しかし「もしも」と言うことがある。
事に当たっては、最悪を想定して行動するのが、危機管理の大前提だ。
無思慮のまま、不確かな「何か」を頼りにするような判断は、必ず問題の元となる。
そのような考え方から、本来ならば息子さんに連帯保証人になっていただくところだが、それは得策ではないと私は判断する。
同行していただいた男性に私の案を説明し、その方に身元引受人欄に記入していただく事で了承を得る。
連帯保証人には、それにふさわしい人物がいる。
病院を辞した後、その方を訪問し、連帯保証人欄への記入をお願いする。
もちろん、身内である息子さんの意向を確かめた上で記入していただく事になるのだが、その息子さんに話しをする前に、手だけは打っておかなければならない。
その方は「よくぞ私にその役目を振ってくれた」と、喜んで承諾してくださった。
と、ここまででとてつもなく長くなっているが、とにかく打つべき手は全て打った。
後は、広げた風呂敷を、丁寧にたたむだけだ。
夕刻、息子さんに連絡を入れ、男性の容態、手術の日取りなどを伝える。
そして、話は入院手続きに入る。
息子さんさえ承諾いただければ、保証人欄にはこちらで全て記入し、退院までの全ても、責任をもってこちらで手を打たさせていただく旨を説明する。
だから、少しも不安に思うことなく、こちらに来られないことでご自分を責めることをせず、万事、任せてくださいとお願いする。
(諸事情からこちらに来ることが困難であることは推察できたいた)
あなたたちは、そこまでしてくれるんですか!?
驚きと当惑の響きがあった。
私たちがしないで、誰にできると言うのです。
私たちは、そのためにあるのですよ!
しばし声が返ってこない。
僅かに嗚咽が聞こえる。
こちらからの提案は、溢れる感謝の想いと共に快諾された。
事故が起こってしまったことは、残念なこと。
しかし、それが因となって、男性を取り巻く私たちの間では、団結の絆を深く強く再確認できた。
団結こそが何よりの宝だと、皆が自覚できた。
と同時に、順調に事を運べれば、男性と疎遠になっていた息子さんにも喜んでいただける結果にできそうだ。
そうなれば、皆は更に喜ぶことだろう。
事故は卑劣きわまるとは言え、男性のダメージは奇跡的に左肩の小範囲に留まり、順調にいけば今までと変わらぬ生活に戻れる可能性が非常に高い。
頭部や腰、下半身に大きなダメージがなかったのは、不幸中の幸いと言うしかない。
86という年齢や狭心症などの持病を考えれば、普通は考えられぬことだと思う。
急速に進む高齢化。
その現実に対抗し得る具体的で実現可能な行動を、私はずっとずっと、模索しながら実行してきた。
この地域に根ざした対話に徹してきた。
心と心が響き合う対話を、自分に課してきた。
昨晩の事故は、社会の片隅の、どこにでもある何気ない出来事ではあるけども、その出来事の上に、図らずもそうした行動の結果の一端が、明らかな事実として結実し、現れたように感じる。
それは、僅かの小さいな1ピースでも欠けていたら、決して成り立たなかったであろう、絶妙なバランスの上に成り立っていた。
そしてその実感は、私一人に留まらず、皆の共感となって拡がり、皆が口々にその感動を語っている。
それがまた素晴らしい。
私はそう思う。
これは本当に素晴らしい。
これこそが、私が求めてきた在り方だ。
一番の感謝を覚えているのは、私だ。
その事を教えんが為に、男性は宙を舞ってみせたのではと感じるほどだ。
今までの行動に間違いはなかったんだという確証を、得させてもらえたのだから。
その歓びが、今日一日の疲れを吹き飛ばしてくれた。