人のお話をチャンとうかがうというのは、とても疲れる作業なんだなと実感する。
今までの私なら、チャンスを見つけては人の話に割り込み、自己主張をしたがるタイプだったと思う。
自分の喋りたいことを、自分のペースで語り、相手に喜んでいただこうとしながらも、その実は自己顕示欲を満たさんがための会話ならば、こんなには疲れないと思う。
今までの私は、そんなタイプだったんじゃないかと、ここ数日の行動を振り返って感じる。
ここ最近、特に今週に入っての対話は、ジックリと腰をすえてお話をうかがう姿勢。
以前ならば尻のあたりがモゾモゾとして、何か自分も主張したくなるところなんだが...
今までの私がそうだったように、人には誰しも、自分を知ってもらい、肯定してもらいたいという欲求があるんだと思う。
無意識のうちに自己の存在意味を求めているからなのか。
特に、高い志を持ちながら、苦労に苦労を重ねてきた方ほど、言うに言われぬ思いをお持ちのように感じる。
その「言うに言われぬ」ところを聞く。
その思いを汲む。
一を聞いて十や百を知ろうとする。
そこに共感が生まれる。
その共感が、相手の心を歓びとか希望で揺り動かす。
心と心の共鳴と言ってもいいんじゃないだろうか。
だからこちらにも、相手の心に共鳴できるだけの何かが必要。
そのような対話は、相手の中から新たな気づきを引き出すことに繋がっているように感じる。
結果として、とても価値的な時間になる。
だから、私から敢えて何かを語る必要なんてない。
敢えて付け加えるなら、人格を全肯定して賛嘆することぐらいじゃないのか。
疲れる。
人と会い、対話することがこれほど心をすり減らし、肉体的にもキツイ作業だったなんて。
今日は2連チャンで、お会いした人数も多かったからかな。
病気の影響もあるのかも知れない。
明日は夕方までユックリしていようと思う。
そうそう、今週に入って、入眠前の薬がバカみたいに効いて、ほぼ昏倒に近い状態。
入眠剤サイレースの服薬量を半分にしてみようと思う。