死生観の欠如。

それこそが、私たち人類という種が直面している、喫緊の課題だと私は思うのです。

 

 

なぜ生まれてきたのか。

そんなことを今さら考えても、現実に生まれ落ちて、今も生きている現実は変わりません。

なぜ死なねばならないのか。

そんなことを考えている内にも、刻一刻と、その時は誰の上にも平等に近づいています。

その疑問と迫り来る恐怖に、踊り狂うが如き姿を見せている私たちです。

 

 

否応なく訪れる生死の瞬間に対して、私たち人類という種は、為す術をもたないかのようです。

しかも、あらゆる事象が複雑に関連し合い、グローバル化し、コッチをたてればアッチが立たず、アッチをたてればコッチが立たずといった矛盾が、あちらこちらで噴出しています。

その様は、混沌と呼ぶにまさに相応しい。

そんな世界で、一人で息巻いてみても、何になりましょう。

個人の努力など、ますます無意味に思えてまいります。

それが故に、生き方自体が刹那的にもなり、他者の存在や痛みに不感症となり、あらゆる事象に対して無責任にもなる。

為す術がないのですから、しかたがありません。

ことは全て起こり行くまま、ケセラセラ。

何が起ころうと、俺は知らないよっ、てなもんです。

 

 

そうした諦観、諦めの境地みたいなズブズブな精神風土は、死生観の欠如からきている。

私はそのように考えています。

しかし、あらゆる精神風土の大地には、死生観が欠かせません。

死生観を欠いた精神風土の上でいかなる理論が構築されようとも、それは人をして幸せにすることは絶対にない。

私はそのように考えています。

 

 

 

それにしてもです…

 

 

他人はどうあれ、私は、苦しむために生まれてきたんじゃない。

砂を噛むような、諦めの人生を歩むために、生を受けたわけじゃない。

私は、誰よりもこの生を謳歌し、「生きた」と実感できる最高の人生を生きるために生まれてきたんだ。

諦観の底なし沼なんぞに沈んでなるものか。

 

 

こうした想いが、幼い頃から、私の心の奥底で、ずっとくすぶり続けていたように思います。

 

 

私は非常に諦めの悪い人間です。

また、他人がビックリするぐらい、楽天的な見方、考え方をする人間です。

だって、私は現実にこうして存在しているのです。

こうして存在していること自体が、希望です。

こうして存在しているからには、私の存在には目的があるのです。

こうした問題意識を持つこと自体が、私の中の可能性を示唆している。

私は、その目的を知らねばならない。

私は、私に内在する可能性を開発せねばならない。

それをやり尽くすことが、私の人生であり、私の存在証明だ。

 

 

私は、そのように思い続けていました。

 

 

同時に私は、悲観的な見方ばかりする自分が嫌いでした。

後悔ばかりする自分が嫌でした。

人前に出る度に、自信が煙となって消え失せてしまう自分が、嫌で嫌でしかたがなかった。

 

 

悲観的になる必要なんてない。

後悔なんかする必要のない人生を歩める。

誰の前でも胸を張って生きられる、そうした人生を歩めるはずだ。

 

 

そうした願いと希望が、私の生来の好奇心を掻き立てました。

知識欲のおもむくままに、ありとあらゆる分野を貪りました。

私は自分に限界をもうけませんでした。

限界という言葉の代わりに、「私ならばできるはずだ」と自分に言い聞かせ続けました。

「できるからこそ、こうして苦しんでいるんだ」と、自分を鼓舞し続けました。

 

 

それもこれも、全ては自分という存在を諦めたくなかったからです。

自分がちっぽけで、無力で、取るに足らない無価値な存在だなんて、少しだって思いたくなかったのです。

 

 

人にも言います。

お前が自分(の可能性)を諦めても、俺はお前(の可能性)を諦めない。

 

 

そうやって生きてきた今、私は、一個の人間に宇宙を観たいと思うようになりました。

言葉を替えれば、一個の人間それぞれに、無限の可能性を観たいのです。

自分に於いてもそうですし、他者に於いてもそうなのです。

自分も他者も、その差異はごく僅かで、異なるところなんてないのですから。

私はその事実を、如実、つまり事実そのまんま、あるがままに知りたい。

それを知り得る自分であることが、私の歓びであり、希望です。

それを覚える瞬間、自分の奥底から勇気が、尽きることなく吹き上げてきます。

 

 

そうした私が、行き着いた生き方があります。

それはそもそも、出発点に於いて自分に課した生き方でありました。

 

 

目の前の一人を、決して見放さない。

目の前の一人に、徹して尽くし抜く。

目の前の一人のために、この五体を地に打ちつけるが如く生きる。

目の前の一人のために、命をも捨てる。

 

 

生きることとは、死に向かって一直線に生を営むことです。

死ぬために生きるのであり、生と死は根本的に同義です。

生命のありようが違うだけです。

その営みの目的のために命を投げ出すのは、命を粗末にすることには当たりません。

その生を最も尊貴たらしめる行為になると、私は思うのです。

そして、現今の生を最も尊貴たらしめる人生は、生命そのものを尊貴たらしめることになる。

それは、今、この一瞬を、過去にも未来にも、自在に永遠たらしめる方法でもあります。

そのための、目の前の一人のために、命をも捨てる、という覚悟と実践なのです。

 

 

生命は宇宙そのものであり、無始無終の実在なのだと考えれば、これは当然の道理となると私は考えますし、そう信じて生きてまいりました。

 

 

そうした生き方、考え方の全ての出発点は、私を私としてあらしめてくれた、全ての存在の恩に報いたいという激情でした。

私を私としてあらしめてくれている全てへの、尽きせぬ感謝でした。

 

 

私を愛し、未来を嘱望し、教え育んでくれた全ての人たちの思いに報いたい。

こうして自分を支えてくれた社会や世界の恩に、報いたという爪痕を、少しでも残したい

恩に報わずば、人でなし。

 

恩を覚えぬ畜生として生きれば、地獄。

恩に報いようと生きても、地獄。

同じく苦しむならば、人として苦しみたい。

 

私は人として生き、人として死んでいきたいのであるから、この恩に報いるのは当然なのだ。

その為の犠牲は犠牲ではなく、私の本望であり、歓びである。

よって、この目的のためならば、喜んで命をも捨てるのだ。

 

 

この気づきと、感謝と、報恩の想いが、私の人生の実質的なスタートとなりました。

21才になろうとする、34年前のことでした。

 

 

私にこのような生き方を教え、それを生き様で示して下さった、人生の師匠がいます。

その師匠の正義を証明するためにも、私はこの生き方に徹し抜きたかった。

そしてこの大恩に報いるには、この命を投げ出す以外に、私には方法が思いつかなかったのです。

命以上に価値あるものは、私にはないのですから。

 

 

それが、どのような人生になるのか。

それが、どれほど周囲に影響を与えうるのか。

それを、私が一番知りたかった。

 

 

思えば、私はもの凄く贅沢な人生を歩んでまいりました。

若い時の想いや理想のままに生きられる人生なんて、そう簡単にできるものではありません。

現実との格闘は、いともたやすく心を挫(くじ)きます。

たとえ妻子であっても、私の志を理解してくれるとは限らない。

事実、私の志を笑う妻と、人生のたもとを分かつ決断も経験しました。

そうした愛憎を乗り越え、生き地獄をくぐり抜け、一度は絶望し、命を絶とうともした。

そうした来し方を思うと、決して誰にでも薦められた人生ではないなと、私は思います。

その方の覚悟が問われる。

 

 

だから偉いとか、だから特別だとか、そのようには全く考えていません。

私が、私のような生き方をするのには、それ相応の根源的な理由があります。

時に犬畜生にも劣る生き様を見せつけてくれる人もいますが、それにも、それ相応の理由があるのです。

どのようなありようであれ、誰一人として、意味のない人はいない。

34年の奮闘の上で、やっと、そのことを実感できるようになりました。

 

 

34年もかけてしまった。

しかし、55を前に気づくことができた。

 

 

私の余命が幾年あるのかは分かりませんが、命ある限り、この生き方を貫き通したいのです。

そうした生き様でしか、表現できないことがあるからです。

言葉や映像で伝えられることではないのです。

最も尊い命を捨ててこそ、表出できる事実があるのです。

このような時代だからこそ、私には勇んで命を懸ける好機なのです。

 

 

私はその為に生き、死んでいきます。

 

 

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