私が二十代だったリーマン時代、シリアを二度、訪問しました。
ダマスカス山から見下ろした時に見た、悠久の歴史が漂うダマスカス市街地の風景や、子どもたちの人なつこくって愛らしい笑顔を忘れることができません。
二度とも商用だったのですが、内一度で、首都ダマスカスと商都アレッポを結ぶ、砂礫が延々と続く大地に拓かれた道路を、車で往復しました。
車窓に広がる大地は非常に荒涼としてまして、草1本見かけることがありませんでした。
日中は日差しが厳しく、ひたすら暑く、喉の渇きに苦しみます。
夜は肌寒さを覚えるほどに冷え込みます。
そんな荒涼とした大地に立って、夜空を見上げ、飛行機がライトを明滅させながら飛んでいくのを目にして「日本に帰りたい」と思ったのは、今は昔w
今でこそ荒涼とした大地ですが、有史以前の彼の地は、緑の大地であったというのですから驚きです。
現在の荒涼とした風景からは、まったく想像ができません。
しかし往時のレバノン川流域一帯は、レバノンスギと呼ばれる大樹が繁茂する大森林地帯で、土地は非常に肥沃であったというのです。
私が彼の地に行った当時で、現存するレバノンスギはごく少数であったと記憶しています。
今、その地は、世界遺産に登録され、手厚く保護されているそうです。
シリア大地の一部を埋め尽くしていたレバノンスギの大森林は、なぜ消えたのか。
原因は、人間による伐採です。
地中海沿岸に多数の国家が興り、そして消えていきました。
そうした中で、レバノン杉は建築資材や船舶建造の材料として重宝され、商いの対象となったのです。
シリア国内でもそうですが、往時の建築物を見ると、立派な大理石の石柱だけが残っているというケースが少なくありません。
実は、あの石柱の上に置かれた梁には、レバノンスギのような木材が使用されたと言われています。
高さ40メートルと大樹に育つレバノンスギは、松のような樹脂を豊富に含む材質であったことも相まって、そうした部材の格好の材料となったのでしょう。
そして木材部分だけが、長い年月の中で風化して消え去り、現在は石柱だけがぽつねんと残っていると言うわけです。
レバノンスギを握る者は、富を築ける。
現在のレバノン一帯に居住していたフェニキア人を中心に、往時は、レバノンスギが繁茂する一帯の覇権を巡る争いが絶えなかったと言われています。
そうした歴史の結果、肥沃な土壌は全て風雨で洗い流され、後には丸裸な砂礫の大地が残されたのです。
ギリシャの大地も、そうです。
多数の港湾を基とした都市国家の勃興の中で、人々は山々の木々を燃料として切り出しました。
木々が切り出された山は崩れ、土砂が川に流され、下流の港を埋めました。
そうやって機能しなくなった港湾都市は見捨てられ、人々は新たな地に港湾都市を拓きます。
木々が伐採され(以下同文)。
北アフリカの大地も、有史以前は肥沃な土地であったと言われています。
総じて地中海沿岸は、気候に恵まれ、肥沃な土地や商いの好立地にも恵まれていたことから、有史以前より多く人が集まり、社会を形成し、人も品物も盛んに行き交ってました。
そうした人間の長年にわたる営為が、上に挙げたような風景を生んだのです。
人為的な原因だけでなく、全地球的な気候変動も原因として挙げられていますが、水の循環に大きな役割を果たし、土壌を肥沃にする木々を伐採したのが人間であったことは、紛れもない事実です。
現在も同じことが世界各所で起こっています。
一例を挙げれば、チベットでは人口が都市に集中し、都市周辺の木々が伐採され、禿山が続出。
その影響で、下流域のインドでは河川の氾濫が頻発するようになったと言われています。
人類という種は、遠くの天体を観測する才能は持ち得ても、足下の歴史に学ぶ智慧には欠けているのでしょうか。
このような歴史を顧みる時、私の頭には、木造建築にすくうシロアリが想い浮かびます。
映画「マトリックス」では、エージェント・スミスが人類を「地球にすくうウィルスだ」と吐き捨てました。
有史以前の跡を見ただけでも、そうした人類という種が、地球という大地にすくってきたという側面に気づかざるを得ません。
さてと、枕はこれくらいでいいかな…
私たち人類という種は、かなり昔から天体観測を行っていたことが知られています。
有史はもちろん、それ以前から。
それは世界各地で見つかる遺跡に明らかです。
天体観測といっても、今のように銀河系を観察したり、ブラックホールを探したりしていたわけではありません。
主に太陽や月の運行を観察していたのですね。
古代ギリシャでは、既に地球は球体であると知られていたというから、驚きです。
また昨今の研究で、有史以前に、天文学を基とした航海術もすでに存在したと言われています。
天体観測で地球の外を覗き見ることで、自らが依って立つ地球の気象や物理的な特性を観察していたのです。
そうやって、自分たちの世界を客観的に観察する術を、太古の時代に既に得ていたのです。
また古代国家では、為政者が重要な意志決定を行う際に、天を仰いだことが知られています。
星々の運行で、国家の趨勢を占い、国家的な意志決定にも影響を与えました。
私たちが親しいところでは、三国志の中に、天体の運行で作戦を立案、実行する様が描かれていますね。
天体の観測、つまり往時の天文学や、天文学で編み出された暦は、主には農耕のためにありました。
為政者にとって民の食を保証することは、何事にも勝る重要政策であったはずです。
国を安んずる為に、天を仰いだのでしょう。
農耕の発明以前、私たち人類という種は、全面的に自然の恵みに依存した生活を行っていたと考えられます。
動物を狩猟し、木々や草花になる実を採取する。
その恵みで命を繋ぐ。
それは私たちの生存を、自然の運行に全面的にゆだねる生活です。
ただひたすら、自然にすがって生きていた。
そうした歴史の中でも、集落を築き、自然の脅威に団結して対抗するという術も開発していきましたが、それにしても自然の力は、人智を越えて圧倒的です。
それは、これほどまでに科学技術が進歩し、社会インフラが整備された現代にあっても、変わらぬ事実です。
人類という種は、あまたの生命の種の中で、特異的に脳を、特に大脳や前頭葉を発達させてきた種です。
その類い稀なる機能を活かして、自然の営みに母性や父性、更には自然を司る神性を想像したことでしょう。
崇めたことでしょう。
しかし自然は、そのような人様の営為に関係なく、時に私たちの想像や経験、期待を越える相を見せます。
短期的には台風や地震などの自然の猛威。
中長期的には氷河期などの、地球の気候変動サイクル。
そうした事前に予測不可能な事態に、ある時は滅び、ある時は耐え抜き、更に実りを期待できる天地を求めて移動も行ったかもしれません。
農耕の発明は、そうした全面的に自然の恵みに依った狩猟採取主体の生活様式を、人の力で作物を育てるという生活様式への変化をもたらしました。
部分的にではありますが、自然への全面的な依存からの脱却を図ったとも言えます。
(同時に生活習慣病という問題も抱え込みましたけどね)
それを影で支えたのが天文学です。
天文学の発展は、人々をより肥沃な土地、地政学上有利な土地に定住することを可能にしました。
このように見ていくと、天文学によって発明された「暦」を基とした生活は、人類という種の自然への更なる迎合であるともに、常に自分たちを追い立ててきた自然へのあらがいであったようにも、私には感じられます。
農耕には、一時に多数の労働力を必要とします。
なにせ、限られた日限の中で種を撒き、また限られた日限の中で収穫を行わなければなりません。
また、農耕に必要な水を得るための、大規模な灌漑や土木工事も必要になります。
そうしたことを混乱なく行い、民の食を確保し、国を治めるためには、正確に天体の運行を観察し、土木工事や耕作のタイミングを知ることは、極めて重要な社会的な要請であったはずです。
ちょっと話は脱線しますが、こうした初期の農耕生活の中から、既に「相場」という経済システムが発明されています。
相場システムの発明により、天候や収穫量に左右されることなく、生産者は生産に必要な原資を確保できました。
つまり豊作による値崩れのリスクを回避したのです。
買付業者は買付の権利を得ると同時に、不作であっても買付価格の高騰というリスクを回避できました。
当事者双方にとって一長一短のあるシステムですが、総じてオリーブ栽培を継続できるという最大のメリットがそこにありました。
発明したのは当時のギリシャ地域の人々で、その発端となったのは、オリーブの実の取引であったと言われています。
それほどオリーブというのは、有史以前から人々から珍重されていたわけですが、食の確保のために高度な経済システムが既に発明されていたことに驚かされます。
多数の労働力を集約して作業を行わなければならない農耕では、自然と役割分担や責任分担が行われたであろうことは、想像に難くありません。
そして、より高度で正確な天体観測技術を持った集団は、より肥沃で、地政学上も有利な土地に、都市や国家を形成していきます。
天体の運行は、一切人智の及ばぬ領域ですから、太陽や月をもって神と崇める信仰が生まれるのは、自然の帰趨でしょうか。
そして、天文学に長けた一団は、神に仕え、人々に神の意志を伝える階級として、その他大勢の人たちと差別化されていったでありましょう。
そうやってさらに集団が潤い、肥大化していく過程で、更に社会階層が細分化され、差別化されていったことでしょう。
人々の集団の肥大化、潤沢な食糧事情、商いなどの新たな労働形態の誕生などなどは、ますます社会階層を多様化、多層化を加速させていったでしょう。
そうしてより複雑になっていく社会システムが機能させるために、より高度で強力な統治機構が整備されていったことでしょう。
そうした一連の変化は、社会階層の差別化に伴う富の偏りを生み、更なる生活様式の多様化をますます促進させます。
それがまた、新たな需要、新たな産業を生んでいく。
物資が交易され、労働力としての人間さえも交易される。
より複雑化していく社会で、より時のニーズにかなった統治機構、統治能力を持った地域に、周辺地域からも人や富が集約されていく。
そうして集約されていく物資としては、枕の話で挙げたレバノンスギも例外ではなかった。
更なる人的、経済的な集約を求めて、周辺地域を武力で束ねる紛争も起こる。
富める国家は、更なる富を求め、更に更に肥大化していく。
しかし、いつか統治機構は、既得権益に固執するがあまりに、自ら変化する自由度を放棄し、保守化、硬直化し、次第に時の趨勢にそぐわないものになる。
そうして国家は滅び、分裂し、その骸の上に新たな国家が形成される。
富の集約が行われ、国家は肥大化し(以下同文)...
歴史にはとんと疎い私の拙い考察で恐縮ですが、結果的に人類という種は、ひたすら同じことを繰り返してきたようにも見えます。
まさに、歴史は繰り返すです。
特に近代の歴史を顧みると、全人類的な問題を先送りすることで、古から続いた国家盛衰のサイクルを強引に続けようとしているようにも見えます。
とまれ、そうした社会の変遷、歴史の趨勢の大元に、天文学、そして暦がありました。
空を仰ぎ見て、自らの依って立つ大地を客観的に観察する技術を基として、社会は形成されたのです。
さらに、高度な経済システムも開発されていきました。
往時とは技術的には比較にならないほど発達した現在にあっても、天文学や暦の重要性はいささかも失われていないどころが、より重要性を増しています。
経済システムに於いては、言わずもがなです。
しかし人類という種は、依って立つ大地を観察する技術には長けたけども、自らを観察する技術には無頓着であり続けているように見えます。
技術は今も長足の進歩を遂げ続けていますが、結果として人類という種は、自らが生息できる域を狭めているのが現実です。
人類は、自らの才能を伸ばす努力を惜しまなかったのに、その才能が編み出したあまたのシステムに酔い、溺れ、自らを存亡の危機に直面させています。
大量の生命の種を、大量絶滅に巻き込みながら。
これはいったい、なんの皮肉でしょうか。
生命進化の歴史上、このような滑稽な程の自己矛盾を孕む生命の種は存在しなかった。
人類という種を頂点とする生命の進化って、一体何なのでしょう。
また、そうした生命進化の場をもたらし、このような進化を可能にさせた宇宙の理(ことわり)とは、一体何なのでしょう。
疑問が疑問を呼びます。
更に考察を続けていきたいと思います。
