私が小学生だった頃、真昼の太陽を見上げては、不安を覚えていたものだ。


あんなに輝くほど燃え続けている太陽。
あの太陽があればこそ、明るく、暖かい生活がおくれる。
でもあんなに燃え続けていたら、もしかして、僕が生きている間に燃え尽きてしまうんじゃないのかなぁ。
それは困るなぁ。
寒いのは大嫌いだし。


今から思えば、とても無邪気な心配です。


そんな小学生の私にも、地球が太陽の周りを1年かけて公転しているという知識は、既にありました。
バケツに水を張り、片腕でグルグルと振り回してみると、バケツの中の水はバケツの底に張り付いたようになって、バケツからこぼれることはない。
誰にでも簡単にできますよね。
ただし、常に私の腕は、バケツとバケツの中の水の質量によって、腕の伸びる方向に引っ張られる。
それに抗して、私も肩関節から腕に力を入れる。
バケツと水が引っ張られる力と、私が引っ張り返す力が拮抗しているからこそ、水はこぼれない。
太陽の周りを地球が公転する仕組みを、自分の体をもってイメージしてみたという訳ですね。


こんな風に、何でもかんでも自分の中でイメージしてみるということが、私にとってはとても重要な学習行為なのです。
自分の中に具体的なイメージが見えないと、私はそれを理解することもできない。


でも、そうやってイメージして理解した知識は、すこぶる応用が利くのです。
逆に言えば、そうやってイメージできないものは、知識としてほとんど身につかないのが、私の泣き所。


数学が大好きだった私が、高校二年生でつまずいてしまったのは、二年生で教えられた数列や三次元方程式やあれやこれやの数式が示すところを、自分の中でイメージできなかったから。
(サインやシータやタンジェントを、どうイメージすりゃいいんだよ!)
私にとって、無条件に公式を脳に叩き込むなんてのは、愚行でしかないのです。
それは暴挙だと、私の頭は断固拒否するのです。


同じ理屈で、歴史の授業も苦手でした。
学校での歴史授業は、基本的に、出来事の名称と、起こった地域や年代を覚えるもの。
誰が、なぜ、どうしてそのような出来事を起こしたのか、または起こらなくてはならなかったのか。
そうした歴史的出来事の背景に必ずあるはずのストーリーが、そこでは完全に欠落していました。
その代わり、出来事と年代を覚えるための語呂合わせを、懸命に覚えようとしてみたり、とかね。
また、それを補う術を、当時の私は知らなかった。
おかげで大学受験では、世界史でずいぶん苦しめられることとなりました。


あの頃から、司馬遼太郎の作品を読んでいればなぁ…


長じてから、歴史小説や歴史書を読んで、そのように悔やんだもんですw

(逆に英語や中国語は、おしゃべり好きな私という魚に、水を与えるようなものだった。英会話や中国語会話を実践できる環境があったのは、私にとってとても幸いだった。丸暗記を拒否し、イメージできないことは身につかないという私の学習のあり方は、今までの生き方にも通じるものがありそうです)

 

 

 

話が脱線しすぎました。
ともあれ、今回の話題は太陽です。

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽は私たち太陽系の中心に位置し、この太陽が放射するエネルギーによって、私たちは生命を維持できています。
日々口にする食べ物にしても、それは太陽の恩恵があればこそ。
太陽からのエネルギーを、形を変えて口にしているとも言えるのです。
車のエンジンを回すガソリンにしても、太陽のエネルギーを取り込んだ太古の生物が「化石燃料」という形で残してくれたもの。
つまり車が走れるのも、太陽から授かったエネルギーのおかげなのですね。
地球に海があるのも、風が吹くのも、呼吸できる大気があるのも、全ては適度な太陽エネルギーがこの地球に降り注ぎ続けていたからと言えます




また、太陽の大気が放出する太陽風によって、私たち地球は、生命にとって極めて脅威となる銀河宇宙線から護られています。
そうしたエネルギーは、太陽中心部で起こっていると核融合反応で生じたものですが、それが太陽中心で発生して太陽表面に達するまでに17万年もかかると知って、ビックラこいたw



その太陽という存在は、銀河系の中ではごくありふれた主系列星と呼ばれる恒星であり、太陽に特異な特徴というのは見られない。

つまり、生命が生存するにあたって、太陽でなければならないという要件は、今のところ見当たらないのです。




太陽は、超新星爆発の残骸からなる巨大な分子雲の中で、およそ46億年前に形成されたとされています。

現在は、太陽中心部で安定して水素が燃やされている(熱核融合)状態であり、今も徐々にではありますが、エネルギーの放出量は増え続けています。

 

 

 

 

 

 

その為、今からおよそ10億年後の地球は、太陽系のハビタブルゾーンから外れ、いずれは生命が存在できない、現在の金星のような世界になるだろうと予測されています。
旧人類、原人、更には猿人にまでさかのぼっても、約300万年から400万年前。
新人類誕生から約10万年。
有史で考えれば、数千年。
10億年というタイムスケールは、人類にとっては、十分に永遠と呼べるだけの長大さがありますねw





とまれ、そうした太陽から放出されるエネルギーのごく一部を地球は浴び、そのエネルギーのおかげで、地球はかくも生命の繁茂に適した環境であるわけです。




しかし、太陽から放出されているエネルギーは、生命に都合のいいものばかりではありません。
生命には有害な放射線(紫外線なんかもそうだよね)も大量に含まれています。

太陽の大気から放出される太陽風も、問題です。




しかし、私たちの地球には、実に都合よく、強力な磁場(地磁気)が存在します。
なぜ地球には磁場が存在するのか、その理由は未だに完全解明には至っていませんが、おそらくは高温高圧下にある地球の中心核(コア)は流体の鉄やニッケルであろうと言われており(その中心に固体状の鉄やニッケルでできたコアがあるのではという節もある)、その運動により電流が発生し、磁気を生じさせていると考えられています(ダイナモ理論)。
(量子力学的には、電気と磁気は「電磁気力」と一括りにされる同種のエネルギーです)


この地磁気が地球には存在するため(そもそも主たる太陽系惑星は磁気を有する)、地球は磁場に被われています。

太陽大気から放出された太陽風は、地球に接近すると、この地球の地磁気に引っ張られ、地表に達することなく、磁場に沿って移動することを余儀なくされます。
引っ張られる先は、地球の北極圏、南極圏になるんだけど(太陽風と地球大気が衝突して生じる発光現象がオーロラですね)、この地磁気と太陽風との相互作用で地球を取り巻くように帯状の電離層が形成されており、この部分はヴァン・アレン帯と呼ばれます。
(火星は過去に於いては、液体の水が存在していたであろうと言われています。それは水の浸食によって形成されたと思われる特徴的な地形や、堆積物から生成された岩石、水環境があってこそ生成される物質などの発見によって、ほぼ確実であろうと考えられています。地球以外にも、その表面に液体の水をたたえた惑星があったのです。しかしその火星が、今は地球の大気と比して0,6%程度の大気圧しかもたず、水も涸れ果て、赤茶けた酸化鉄の大地に変貌したのは、早期に磁気を失ったためではないかと言われています。地場を失うことで火星大気の上層部がまともに太陽風を浴び、太陽風によって大気が常に宇宙空間へと吹き飛ばさることになったからであろうと考えられているのです)
つまり私たち地球上の生命は、ヴァン・アレン帯という目には見えない超弩級の規模をもつスカーフによって、優しく優しく護られているんです。






長々と天文学的な講釈を垂れていますが、講釈をするのが目的ではありません。
私たちが生存する地球というのは、銀河系内のハビタブルゾーン内の、更にそのまた太陽系内のハビタブルゾーンに存在しているだけでなく、地球のもつ地磁気によって、生命の生存にとって脅威となる放射線などから護られているんだということを、知って欲しいのです。
ここまで手厚く護られているからこそ、私たちは存在できているんだということを、少しでも実感してもらえればなぁと、そう思っているのです。




ここまでの環境が整わなければ、これほどまでに生命が繁茂する環境とはならないのですが、実は、これだけ条件を揃えても、まだ要件としては不足している。
それは太陽系惑星内に於いても、地球だけが具える、非常に特異的な環境なのです。
その不足している天文学的な要件を、もう一つだけ、次で紹介したいと思います。




なぁ~んか、全然、メンタル系ブログっぽくないっすねぇ~(@Д@;


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