私が現在居住している地域は、昭和40年代から急速に宅地化された土地だ。
遠浅の海を干拓し、かつては畳表となるい草や稲の耕作が行われてきた土地である。

 

よって海が間近なのだが、対岸に大きな製鉄所がある。
昭和40年代には、世界一の製鉄量を誇った工場だ。
その工場の労働者とその家族を住まわせるために、この土地が急速に宅地化された。
現在も、当時建てられた築40年ほどにもなる小さなアパートが、軒を並べる。
そうしたアパートの一軒に、昨日、私の部屋を訪れた後輩は住んでいる。

 

 

彼の住宅の目の前には、このような畑が広がっている。

 

 

 

 

おそらくイチジクの木なのだろう。
一体、何十年の間、手をかけたら、これだけの立派な木に成長するのだろうか。

 

 

 

 

 

 

今は農業を継ぐ後継者不足で、ドンドン畑が潰され、テレビCMでお馴染みの賃貸物件が、代わりにドンドン建っている。
人口減少、超超高齢化社会を現実のものとしている今日において、あまりに目先利益追求型経済が進行している現実に、暗澹たる思いがする。

持ち物が増えれば増えるほど、後々が大変なのに...

経験したからこそ、痛いほど分かる未来が、そこにある。


私はよく、例え話として「良いことは亀の歩みの早さでやってくる。悪いことは雷の早さでやってくる。ドンと聞こえた時には、既に落ちた後」なんて事を語る。
どうしても人というものは、目先に突き出された「うまい話」に、ついつい飛びついてしまう。
しかし、本当に不安と決別したいならば、本当に幸せになりたいならば、迂遠(うえん)に思えても、本当に必要にして堅実な一歩一歩を、踏みしめるようにして積み重ねていく以外にない。
そしてその一歩は、私にとっては「より困難な道を選択する」という生き方である。



さて、昨日訪れてくれた後輩は、今日も来てくれた。
なかなか姿を見せないので、今日はこれなくなったのかと心配もしたが、午後の三時を回った頃に現れた。


珈琲をすすめ、お菓子もすすめ、色々な状況を聞きながら、彼にとっての具体的な一歩をどう踏み出すかという一点に、話を集約させていった。


私のアイディアは、こうである。


幸い彼は、私が現在受診している病院の受診歴がある。
カルテがあるわけだから、初診ではなく、再診という形で受診できる可能性がある。
ならば、2ヶ月も3ヶ月も待たされないかも知れない。
(今は初診にはそれぐらいの待機期間が求められる。精神病院は千客万来なのだ)


当時も、入院をすすめられていた。
結果として彼は通院を選択したのだが、つまり、当時からそれほど重篤化していたということだ。
そして現在、症状はさらに重くなっていると思われるし、同時に、内科的な病気も抱えている可能性が高い。
事実、他の病院において、血液検査をすれば必ずひっかかるぞと、彼は脅されている。
(とある大学病院で「珍しい血液なので研究用に提供して下さい」とかなりの量を抜かれたと憤っていたw)
確かな診断を下されたわけではないが、遺伝性の低カリウム血症である可能性があり、更には高血圧だ。(別れて暮らす彼の娘がそうなのだ)
内科的には、腎臓に負担がかかりやすい体質なのだ。
彼自身も、自分の血管はボロボロだという認識がある。
放置をすれば、眼底出血、腎機能の低下、果ては人工透析だって十分にあり得る。
彼の言葉から、尿崩症に近い経験も既にしていることを知った。
だから、フィジカルな意味でも要入院の体なのだと、私は思っている。

 

なので、まずは受診をし、確定診断をいただき、主治医とソーシャルワーカーとも相談をした上で入院、そのまま病院を住所として生活保護申請。
その後のことも、病院の専門家との相談を軸に検討を行い、退院後の生活基盤をどう築くかを検討しておく。




退院できれば、だが...
(私の見立ては、それも厳しいと思われるほどなのだが)

 

 

 

そこまでできて、やっとスタートラインだと思っている。
全ては、そこに立ててからの話だ。
彼には、私とは違う考えもあったのだが、結局は素直に私の考えに同意した。
彼も、自分の状態が危ういことを、自然の内に察知しているのだ。




しかし、そのスタートラインにつくためには、いくつかの障害がある。
特に身内に。
メンタルな意味でのモンスターが、彼の家族にいるのだ。
そことの上手な折り合いをつけ、当面生きていく上で必要な費用と、受診に必要な費用を工面せねばならない。
(彼は生きていくだけでも、フィジカル的にもメンタル的にも、かなりの忍耐を強いられる環境にある。家族と暮らしていても、だ。家族と暮らしているからこそなのだが。往々にして家庭こそが地獄となる。彼はその典型例だ)
今日の話の焦点は、そこに尽きた。




種々懇談の上、彼に打って欲しい手を語り、彼も「それしかない」と承諾した。




そうした種々の話をした上で、彼には生活保護費受給者の現実を知ってもらった。
彼の目の前に、生活保護関連の書類を広げ、具体的な金額を挙げて説明。
自立支援法関連の手続き、精神障がい者手帳の存在も併せて。




いいか、現今の生活保護法では、お前の手元に残る可処分所得ってのは、お前の年齢なら食費込みで毎月五万程度だからな!(住居費、光熱費、携帯代を除くとそんなものだが、それでもちょっと話は盛ったw)




ウワ!少ねぇ!




甘い幻想は、早い内に摘んでおいた方がいい。




彼の実年齢は五十代。
世間的には、働き盛りと言える。
しかし、フィジカルな年齢は七十代をも超えているかも知れない。
すぐに「どう」という事はないが、悪くすればすぐに多臓器不全にまで発展しかねないリスクを、彼の体は負っている。




実際にそうなった時に、彼はちゃんと自分の体を守れる環境にいなければならない。
私が提案しているアイディアは、そうした、彼の未来に必ず訪れるリスクに対応するのが目的なのだ。
そういう意味で、彼にとってのアルコール依存症は治療されるべき病気であり、同時に、彼をセイフティーゾーンに送り込むための方便でもある。




彼の家族には、メンタルな意味でのモンスターがいるのだが、そのモンスターへの対応は、今はできない。
本当に問題が顕在化して、モンスター自身がどうしようもなくなった時がきて、やっと手を差し伸べられるかどうか。
今は、現状のまま放置だ。




私はそのモンスター級の問題に、彼を巻き込ませたくないのだ。
巻き込まれれば、彼も含めて複数の人間が同時に巻き込まれ、自滅していく。
そしてその時が、刻一刻と確実に近づいている。




今ならば、最悪を回避する猶予がある。




この一点で、私と彼の意見は、完全な一致を見ているのだ。




その意味では、大げさな意味ではなく、まさに命がけなのである。

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