私の近所でも、桜のつぼみが今にも咲きそうなぐらいに膨らんでいる。
桜というと、色々と思う所はあるのだが、感傷にふけっている暇は、私にはない。
春という、色んなものが胎動をはじめる季節。
良いものも動き始めれば、悪いものもうごめきはじめる。
近所に、小学校時代からの付き合いがある後輩がいる。
一時は結婚もし、子どもも三人もうけ、それなりに家庭を持っていた。
今は独り身。
老いて痴呆も見られる母親と、仲の悪い妹(独身)と、古い平屋の借家に暮らしている。
昨年まで福島の方で働き、こちらを長らく留守にしていたが、体を壊したため帰ってきた。
本当はあの家に戻りたくはなかったんだろうが...
最近になって、やっと少しは外に出る活力も戻ってきたようだ。
そうした活力が戻ると、悪い虫も騒ぎ出す。
良い意味でも悪い意味でも、元気になるわけだ。
しかし、家族も周囲も、彼の状態を、どう理解していいのか分からない。
また、どう支援したらいいのか分からない。
ただただ、当人の頑張りを待っているだけ。
病人の頑張りを待つなんて、なんともバカげた話なのだが...
彼にはシェルターが必要なんじゃなかろうか。
何でも語れる安全圏が必要なんじゃなかろうか。
そう考えていたところ、今日は案外に私の体調もよろしくて、「ならば」と彼の家を訪ねた。
私の部屋に遊びにおいでと、彼を私の部屋に招待するためだ。
その旨を告げると、彼は存外にのる気である。
なるほど、彼の中にも「今のままではダメだ」と、切羽詰まったものがあるのだろう。
私の部屋で珈琲を淹れ、くつろいでもらいながら、たわいもない話しでもしていようかと思っていた。
まずは、ここが安全で、安心できる場所だと認識して欲しかった。
先ずそこが、今日の目的だと思っていた。
しかし、私の思惑を越えて、話は彼の抱える問題の核心へと一直線に進んでいった。
結論から書くと、彼はアルコール依存症である。
彼が語るいきさつ、目の動き、表情の変化、そして何よりも、何をするにつけ震えの止まらない手。
聞けば、中学生の頃からの飲酒歴。
原因は、彼の幼少期の家庭環境にある。
私と同じだ。
だから、私の経験も交えながら、彼に向かって断じた。
お前はアルコール依存症だと。
誰から聞いた?
彼は、そう、問うてきた。
彼の周囲の人たちからは、彼の酒癖の悪さを嘆く声を聞いてはいたが、彼がアルコール依存症だ、などとは、誰の口からも出ていない。
つまり、彼は既に医療機関から「アルコール依存症」と診断されていたのだ。
私は、お前の示している状態は、アルコール依存症の特徴そのものだと応えた。
前ほどは、悪くないと思う。
彼は自分の病状を、そう言う。
しかし、アルコール依存症を放置しておいて、悪くなることはあっても、自然にに良くなるなんて話しはない。
アルコール依存症は、精神疾患だ。
しかも、致死率が非常に高い「死の病」だ。
だからこそ、自分自身へのそのような現状認識すらも、実は病気の故。
その事を、諭すように優しく断じた。
お前は私と同じく精神疾患なんだ、と。
精神疾患の分際で、自分の病状を正しく判断できるわけがないんだ、と。
お前がとるべき行動は、まず、病院に行くことだ。
五時間ばかりもかけて色んな事を話し合った上での、私からの結論。
彼も素直に同意した。
素直に同意せざる得ないほど、言葉には出して語らないけれども、実は彼の病状は酷いのだ。
しかし同時に、彼には病院にかかる経済力がない。
老いた母親の遺族年金が頼りなのだが、その口座は、彼との仲が険悪な妹が握っている。
彼は意地でも、妹には頭など下げたくもないだろう。
問題は、そこになる。
つまらぬ意地を張らなくてもとは思うが、彼は決して頭など下げない。
彼は、明日も私の部屋に来るという。
良いことだ。
ぜひ来て欲しい。
一晩経過して、彼なりに感じること、考えることを聞かせて欲しい。
そして、一歩でも前に進める一手を考えたい。
さぁ、また長い長い闘いが始まる。
徒労に終わるかも知れない。
しかし、そんなことは関係ない。
私でなければ関われないだろうと、そう私は思ったから、行動した。
そして彼は、私を選択した。
それで十分である。
いつものパターンだ。
全く彼の話とは関係ないのだが...
話の流れの中で、私の最初の奥さんも、まごう事なきアルコール依存症なんだとハッキリ認識できた。
そして彼女は同時に、ギャンブル依存症でもある。
そうした依存症なのだと解すると、彼女のあの異様な言動の理由が分かる。
というか、それ以外に理由を見いだせない。
私の父親も、ギャンブル依存症であり、アルコール依存症であった。
母親は、酷く精神を病んでしまった。
妹も、ここ20年ほどは精神科。
二人の姪っ子も。
二人目の妻も。
彼女の母親も。
そして、私も。
もう、ここまできたら、何でもござれであるw
