他者から、自分の存在を認められる。
それが承認。
その上で、更なる活躍を期待される。
それが励まし。
承認は、その当人でさえ気付いていない、その人が本来持つ力、本然的な姿、在り方にまで踏み込めてこそ、本当の承認の意味を持つと考えている。
そして、本当の承認と言う、その方への本然的な在り方の認識に立った上での、更なる活躍への期待こそが、その方への本当の励ましになると思っている。
それは、その当人さえ考えてもいなかった潜在的な力量を、自分が持っているという驚きと自覚である。
自分の本然的な在り方を見いだしてもらえたと言う、歓びでもある。
その歓びがあればこそ、励ましになる。
だから、承認と励ましの行動をとる側には、相手との全人格的な関わりや、持てる全ての感性を総動員する姿勢が必要である。
また何よりも、そうした行動を、何があっても怯まず貫く勇気と覚悟が必要だ。
また、叶うならば、目の前で一個の人間が、見る見る変わっていく姿を見守れることに、大いなる歓びを見いだせる感性もあれば、言うことはないだろう。
と同時に、自らは裏方に徹し抜けることに歓びを見いだせる潔さ。
そうした姿勢があれば、なお言うことはないのではないかと思う。
今まで学び、鍛錬してきたことを、弛まず実践し抜く。
その上で、確実に現実の上に結果を示す。
自らが輝くのではなく、周囲を輝かせることによって、自らの力量と本然的な在り方を、自らの力で証明してみせる。
理屈ではなく、結果!
私は、承認と励ましを怒濤のごとく貫いて、世間が抱いているであろう一人の人間が為せる限界を易々と突破して、刮目せざるを得ない結果を示したいと、念願している。