昨日、見舞いの帰り道、バスの中、私の胸の中にはこみ上げるものがあった。
こうして、一人のために行動できることの、ありがたさ。
その喜びが、胸の中でこみ上げてきた。
同時に、こうも思った。
これは、私一人で終わらせてはならない。
そして、先日のエントリーでも書いた、近所のおじさんを訪ねたのだ。
折り入ってご相談とお願いがあって来ました。
私はそのように、来訪の目的を告げてお邪魔した。
この方は、私と同じく、かねてから火中の栗さんとそのご家族の身の上を心配されている。
と同時に、私の行動にいつも注目し、チャンスさえあれば協力しようと待ち構えてくれている。
この方自身も、身体に、高次機能障害を抱えている。
事業も、2度、破綻の憂き目を見ている。
波瀾万丈過ぎる人生を歩んでいる、大先輩なのだ。
80近くなる今は、そんな過去を吹き飛ばし、今だに現役で事業を行い、大学にも学ぶ、大変な意欲家だ。
そして、この6月に私が閉鎖病棟に入った時、三日と開けずに見舞いに来てくださった大恩人でもある。
その方に、一緒に栗さんの見舞いに行って頂きたいということと、
その際、移動の車の運転を、私に任せて欲しいということ、
病棟の生活スケジュールと栗さんの事情を考え合わせると、見舞いに行く曜日と時間はこのようになるということ、
これを栗さんが退院する3ヶ月後まで続けたいこと、
などなどを申し上げ、理解と協力を仰いだ。
モチロン、ワシも協力させてもらうよ!
二つ返事だった。
お互いのスケジュールを擦り合わせ、一回目の見舞いを、明日に定める。
明後日には私の通院日で、お見舞いが二日、連続することになるが、今週は諸般の事情で仕方がない。
その事を、早速、栗さん宛にSMSで連絡をし、了解を得る。
そんなに来ていただいて、いいんでしょうか?
そんな質問も返ってきたが、イイに決まっている。
閉鎖病棟での生活は本当に息が詰まる。
その閉塞感が、栗さんの病状には、大変な毒なのだ。
その毒を放置すれば、過去がそうであったように、また観察室行きだ。
パニックを強力な薬で抑え込むことになる。
それでは、また彼女は、自らの力で自分の感情をコントロールする訓練の機会を逸する事になる。
今回の入院では、それだけは、絶対に避けなければならない。
そして、そうした毒となる閉塞感を振り払うには、週に二、三回の見舞いが必要だと、私の経験を通しても思えるのだから。
こうして私以外の人にも関わって頂くことで、栗さんご自身に、また彼女の家族にも、私が一人で勝手にやってる事ではなく、彼女らを取り巻く皆さん全員が、心配し、手を尽くそうとしているのだという事実を知って欲しいと思っている。
知って、特にご家族には、よくよくご自身の来し方を振り返る契機にして欲しいと思う。
何にせよ、私一人から始まる行動だが、これを着実に二人、三人と拡げ、目の前の一人に尽くし抜く行動を広げていきたいと思っている。
ささやかではあるのだが、運動として波を起こしたいのだ。
とてもとてもささやかだが、こうした小さな行動の積み重ねの上にしか、新しい歴史を築くことはできないのだから。
私は、そのように教わってきた。
そして、こうした行動を、飽くことなく、地道にして着実に、私は私として積み上げていきたい。
それが、私という人間の歴史になるのだろうから。
たぶん私は、54年生きてきて、今が一番充実し、幸せなのだと思う。