今日は日曜日だったからだろう、駅前のバス乗り場に、昔懐かしいボンネットバスが見えた。



後ろ姿なんぞは、「となりのトトロ」の猫バスのようだw



しかし、今日の私の目的地は、鞆の浦なんかじゃない。方向は真逆の山の中、私も通っている精神病院だ。


かねてからかかわっている、統合失調症と診断されている火中の栗さん、もう栗さんと呼んじゃうけど、彼女が昨日、閉鎖病棟に入院したのだ。そして早速、入院のショックもあったからだろうか、パニックを起こしかけるのだ。そのパニックを起こして混乱しているままに、私のスマホにSMSを送ってくる。


明日、お見舞いにうかがいます。その時に、詳しく話を聞かせてください。


SMSでは多くを語らなかった。最近、ずっとそうしている。話しをするなら、直接。できれば、彼女自身の気づきを待ってから、語りたい。そう思っている。


病院の受付で面会の申し込みをするのだが、事務の方から...

今日は外来診療日ではないですよ?

と、私の姿を見るなり言われる。
そりゃそうだ。外来患者が、まさか入院患者の見舞いに来るなんて、普通はないだろうからさw


閉鎖病棟を一歩出たスペースに、面会室はある。
たった一歩分だが、その一歩分でも外に出られることが、閉鎖病棟の入院患者にとっては嬉しいのだ。
私は、その事を知っている。知っているから、来た。それが第一の目的。


第二の目的は、栗さんのお話を聞き、彼女の頭の中でできあがっている事件のあらましを整理し、再評価し、パニックの原因を取り除くこと。
その作業に、一時間ほどの面会時間のほとんどを費やす。

最後に、私が持ってきていたポータブル・オーディオ・システムで、栗さんも大好きなDef Techの音楽を聴いてもらい、リラックス。

明明後日の水曜日は、私の外来通院日である。その日に、また、お見舞いに来ることを告げる。
さらに、私の近所にお住まいの方で、やはり栗さんを心配してくださっている、私よりも高齢の男性がいる。
その方と連れだって、二人でお見舞いに来ていいですか?と、彼女の確認をとる。

喜んで!

これで、この方と一緒に栗さんをお見舞いに来るときだけは、車で移動できるぞ!
それ以外は、バスだo(*^▽^*)o
バスを乗り継ぎ、徒歩も加え、約二時間かかる。
(今日は到着が遅くなったので、通院でも使わないタクシーを利用したw)


このお見舞いには、第三の目的がある。
それは、「徹して一人を守る」という事を、行動で示すこと。
栗さん、彼女の家族、そして周囲の人たちに、「徹して一人を守る」というのは、こういうことですよと、知ってもらう事が、第三の目的。
伝わろうが、伝わらまいが、知ったこっちゃねぇ。
チャンと範を示すことが、大切なんだ。
特に、この彼女の将来を思うと、この行動がとても大切な働きかけになると、私は信じている。
だから、今日の1回では、当然、終わらない。
彼女が入院している三ヶ月の間、私は通い詰める。
そうしてはじめて、範を示したことになる。


自分一人が生きていくだけでも、大変な世の中だ。
利己主義が、大手を振って歩いている時代だ。
人に手を差し伸べて、痛い目を見ると、人から「バカ」と言われる時代だ。
そのような世の中、そのような時代だからこそ、徹して他に尽くす、という利他の行動に徹することができるか否かが、とてもとても大切なんだ。
自分の人生を、恵み多きものにしたいと心から願うならば、敢えて利己主義の流れに棹を差し、利他に徹しなければならない。
自分のことだけに汲々としていては、決して本当に幸せなんぞは望めないのだということを、分かって欲しいと思っている。
その事を、誰よりも心の痛みを知る方々にこそ、私は知って欲しいと願う。


だから、私は通う。
今日の第一回目のお見舞いは、そうした目標に向けてのスタートに過ぎない。
百万言を尽くして語るより、一つの行動が、人の心には刺さるのだ。