死ぬに足る量の薬は置いてある。
具体的には、その薬だけでは死ねないんだけど、その薬をうまく利用する方法は習得しちまった。
2度もトライすればねぇ、嫌でも分かるさw
本当は捨ててなきゃいけない薬。
以前はタブレットを二つに割って飲んでいた。
割って残した半分は、放っておけば、勝手に崩れたので保管はできなかった。
なのに主治医は、割るよりも便利でしょうと、半分の量の錠剤を2錠、処方してくれるようになった。
主治医の親切心からなのだが、私は内心で、オイオイ、それは危ないだろう!と思ったものだ。
だって、割る必要がないんだから、保管も楽だもの。
処方量に上限のある、チョット強いお薬。
それが、毎日1mgずつ、増えている。
ユックリとこの世界からフェードアウトするには十分な量が溜まりつつある。
捨てなきゃいけないのになぁと思いつつ、なぜか棄てられず、溜め続けている。
その薬が、なぜか自分の中で「保険」として機能しているようだ。
何故なのかなぁと考えながら、今、文章を打っている。
嫌になったら、いつでも死ねる。
走って、走って、走り続けて、その結果、私という人間にさほどの価値もないと思い知ったら、その時はフェードアウトしてやろう。
結局、誰からも愛されず寂しい思いを続けるだけなら、いっそのこと消えてやろう。
そんな投げやりさが、私の中にまだある。
これも嗜癖の一種かな。
とにかく、そんな思いで、錠剤が溜まると同じペースで、私の心はパンパンになっていっている。
その投げやりさを納得させる方法が、棄てなきゃいけない薬を溜め続けることなのかもしれない。
やはり私の中では、一か八かの発想を捨てられないようだ。
言葉を換えれば、生きるか、さもなくば死ぬか。
いつもそんな考え方をしてしまう。
この投げやりさ、こうした危うさも、私にとっての乗り越えなきゃならない問題なのだろう。
いつかは乗り越えたい。
今、危うさのインフレーションで、心はパンパンになっている。
まだ破裂はしないけど、本当に危うくなる前に、そのガスを抜いておこうと思う。