今朝、未明にアップした内容は、私にとっては発想のコペルニクス的転回だったようだ。
自ら、共依存関係に耽っていた嗜癖を自覚することで、随分と気が楽になったようだ。

そのおかげかどうかは分からないけど、今朝は8時には目を覚ます事ができた。
就寝した時間は遅かったし、明らかに睡眠不足なんだけど、私を寝床に縛り付けるような粘着質な睡魔はなかったし、不快な頭痛も覚えない。

もしかして、治った?

そう私に思わせるぐらい、今日は朝から快調だったね。

朝10時前には、近所のおじさんと共に、私の部屋で勉強会を催す。
私も立派なおじさんなのだが、この方は私よりもひと回り以上も年上なのだ。
私と一緒に学ぶ事を、本当に喜んでおられるのが、よく分かる。
ありがたい、ありがたい!
ともすると難解になりやすい内容を、できるだけ現実に即した表現を心がけ、スルリと脳細胞に滑り込むようにとつとめる。
当然、テキストはあるのだが、それを通り一遍読むだけでは、少しも頭には残らない。
生きる智慧として、今後の人生を少しでも豊かにする為の足がかりとなるようにと、私も知恵をしぼる。


内容的にひと段落して、今日はココまで、コーヒーを淹れましょうと、二人で談笑していると、いきなり私のスマホに着信あり。
火中の栗さんからだ。


用件了解!
直ぐに目の前のおじさんにお願いし、車を出してもらい、火中の栗さんを拾いに行く。

本来なら、直ぐにご自宅にお送りすべきなのだが、どうにも両親への不満で興奮が治らない様子なので、一旦、私の部屋で一息ついてもらうことに。
お母さまにもその旨を告げ、了解をいただく。
頃合いを見て、迎えに来ていただいた。


ご両親への不信感や怒りをあらわにしていたり、不安定な様子を見せている時の表情は、確かに病的なものを感じさせる。
しかし、一旦、心がほぐれ、心からリラックスした時の表情には、全く屈託というものがない、スッキリとした笑顔が現れる。
これが同じ人か?と驚くぐらいの変貌を、私の前で見せる。

この方の本質は、おそらく後者の表情に現れているのだろうと思う。
では、なぜ病気で苦しまねばならないのか。
その理由について、実例も交えながらお話もできた。
とても納得され、喜んで帰られた。
ご両親には、この方の苦衷を少しでも理解し、その回復の為に、自分たちに何ができるのかを、真剣に苦しみ、悩んでもらいたいと願う。


一息つきながらブログを綴るために、近所の喫茶店でコーヒーを飲む。