夜も9時すぎになって、見知らぬ番号から連絡がある。
出てみたら、例の火中の栗さんだった。
人を掴まえて、よりにもよって火中の栗扱いもないものだが、誰が読んでいるか分からないから、そのように表現しておこう。
見知らぬ番号だったのは、お母さんの携帯だったから。
一人で部屋にこもり、電話をしてきたようだが、途中でお母さんもその部屋に入ってきた。
そして、私にも聞こえるように、大きな声で娘と話し始めた。
なるほど、これは重症だ。
手を焼くぞ。
慎重に、丁寧に対応しなければ。
おそらくはと、ある程度想像はついていたのだが、多分、私の想像を超えて、この方のお父さんは小心な方のようだ。
そして、多分はお母さまも。
しかし、自分では決して、そのようなことは認めない。
そうした自省能力に乏しい。
それが自制能力の低さにも繋がっていたようだ。
聞いた話が真実なら、かなり深刻な依存体質をお持ちのお父さんのようだ。
しかも、この方の言うことを素直に受け止めれば、この方の家の中では、私はかなり悪し様に言われているようだ。
自分の娘の口から、自分の本当の姿が私の耳に入るのが、よほど怖いからだろう。
だからか、なるほどと、私の中でとても合点の行くお父さんの不可解な行動が幾度もあった。
だから、直ぐにこの方との電話も止めなければならないと考えた。
私と電話で話をしたことで、お父さんからの精神的圧迫が加えられる可能性が高い。
危険である。
そのため、明後日、改めて訪問し、可能ならばお母さんのお話も聞きつつ、実態を確認させていただくことにした。
私の推察が誤りでなければ、お母さんもまたお父さんの依存症の被害者であり、また同時に擁護者でもある。
非常に難しい話だ。
アルコール依存症は、現代日本では精神疾患と位置付けられている。
当人の意思におけるアルコール摂取量のコントロールは、不可能だ。
私も、実の父親で、ギャンブル依存の姿、またアルコール依存の姿を、嫌というほど見てきた。
その実態を、嫌というほど知っている。
私の家庭では、父親の依存症に、家族は皆、不寛容であり、非協力的であった。
父親の晩年、特に私が家を建てて以降は、私が厳格に飲酒量を管理してきた。
それでも、チャンスさえあれば、隠れて呑んでいた。
それはもう仕方がないと、諦めていた。
意地汚い飲酒の姿に、親戚の誰もが、眉をひそめて親父を見ていた。
私が閉鎖病棟に入っている時にも、アルコール依存症の治療プログラムで入院している人たちがいた。
聞けば3カ月も続くと言う。
それでも、完治は期待できない。
寛解さえ、とても厳しい。
なぜなら断酒しか、有効な治療方法はないからだ。
そして、どれだけ長期間断酒していても、一滴でもお酒が入れば、元の木阿弥で、以前にも増して症状は悪化するという。
悪くなることはあっても、症状が改善することはないのだ。
また、極めて社会性の強い病でもある。
これがまた、厄介だ。
この方の病の背景には、お父さんのアルコール依存症、そして事もあろうに、依存症を支えるイネーブラーとして機能しているお母さん、という構図があるようだ。
事態は極めて深刻であり、これに関わる私も、無傷ではいられないだろう。
このご家族を、ここまで深刻な状況に追い込んだのは、周囲の無関心と無責任にも原因を求められる。
もっともっと早期に、適切な介入を行い、お父さまの自省能力を高める働きかけができた筈だ。
そうした機能を果たす、濃密な人間関係が、この方の周りにはあったのだから。
しかし、それは機能しなかった。
私はこのご家族よりも、ご家族を取り巻く周囲から、つまりそうした機能を果たすべきだった人たちから、より酷く非難されることは避けられない。
皆、自分だけが可愛く、自分だけは非難されたくないのだから。
実に自分勝手で、傲慢である。
そして、そうした怠惰な思潮と闘っているのが私だから。
だから、これはもう、避けられない。
あぁ、またか!と思う。
しかし、私の人生は、こうした連中との闘争なんだと、かなり前から覚悟している。
だから私は...
一歩も退かない!