昨日は、今の私には、いささか忙しかったようだ。

お昼になっても起き上がる気力が湧かない。
頭の芯にジーンとした疲れを感じる。
やっと起きて、シャワーして、近所の喫茶店で音楽を聴くが、腰が痛い。
腰が痛くなるようなことは、全くしていないのに。

心身ともに、疲れが出たようだ。
この虚弱な身体め!

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火中の栗さんは、今日も落ち着きがなくて困っているようだ。
お昼前にショートメッセージがあって、それから幾度もSMSの着信音で起こされる。
心を病む人には、心ない一言が致命傷となる。
一言だって気を抜けない。
何度も内容を見直して、よくよく確認の上で、送信ボタンをタップする。

この方に言わせると、私は頑張り過ぎなのだそうだ。
この人の目にも、そんな風に映ってるのと、大変に驚いた。
私は、いたってのんびりと頑張らせてもらってるつもりなのだが。
何かとセッカチなこの人が言うのだから、本当にそうなのだろう。

そうこうしてると、昨日、赤飯を届けてくれた方から電話。
電気カーペット付きムートンの敷物を届けに行くからねという連絡。
本当にありがたい!
これは断熱シートを買い足した方がいいな。

この冬は、人の心で暖かく過ごせそうだ。


人並みな幸せは望まない。
人並みな幸せを望んだ瞬間、私は不幸になる。

どのような苦難の中にあっても、希望を失わない。
どのような苦衷にあっても、前に進み続ける。
いかなる人生の波濤が襲いかかってこようとも、信念を貫き通す。
私は、私であり続けることを、決して諦めない。
決して止めない。

私の幸せというのは、そういうものだ。
いかなる艱難も、己の信念に少しの傷も付けられないどころか、かえって信念を強固にする。
それこそが私の幸せであるのだという自覚を、日々、深くしているこの頃だ。

その自覚の源は、現実という波浪を健気に生きている、あの人、この人の笑顔。
満腔の期待を込めて私を見つめてくださる、お一人お一人の笑顔だ。

私はこの笑顔を、もっともっと咲き香らせたい。
市井にあって、健気なる笑顔の、頼もしき連帯を築きたい。
希望も何もかも捨て去ったかのように、うな垂れたあの人にも、爛漫とした笑顔を蘇らせたい。
その作業を、飽くことなく、生ある限り続けたい。
そのためなら、どのような犠牲も、私は厭わない。
血みどろになろうとも、歩みを止めない。
喜んで泥沼に、我が身を沈めよう。
そこには、少しの悲哀もない。
私がそのような事を、喜んで躊躇なく行う人間であることは、知る人ならば知っている事実だ。

私には経験に裏打ちされた勇気がある。
どのような局面をも切り開く、無敵の智慧がある。
どのような人をも奮い立たさずにはおかない、言論の力を持つ。
血みどろになりながら得てきた、私のかけがえのない武器だ。

混沌で幕を開けた21世紀の、今、この時を舞台として、人間としての事業を行うために、私は生まれた
新しい時代を切り拓くために、私は私を鍛錬してきた。
誰彼にも後ろめたい想いをもつ必要など全くない人生を生き切るために、私は生きてきた。
そのような人生を生き切ること自体が、私の言う、人間としての事業そのものだ。

今、その想いが真実なんだと、その経験が本物であったんだと、あの人、この人の笑顔が、私に教えてくれる。
胸を張れ!
誰に遠慮することなく叫び切れ!
皆がそのように、私を勇気づける。

今日はシッカリ身体を休めよう。
疲れを抜こう。
私には、これから、多くの、本当に多くの出会いが待っている。
私の本番は、いよいよこれからだ。