私の若い時からの疑問だったんだな。
獅子は伴侶を求めずって、どういうこと?

意味は分かるさ。
字面の意味はね。
そこまで私はバカじゃない。

今、この歳になって、バカみたいに一つの信念にしがみ付いて生きてきて、何もかんも失って、たった一人になって。
そしたら、この言葉が否応なく頭にこだまするんだ。


私の苦しみの根源は、無意識の内に伴侶を求め続けてることにあるんだよね。
伴侶と言えばカッコもつくけど、その実は甘えられる依存先。
お母ちゃん、寂しいよぉ~って、孤独に震えていることに、原因はあるんだよ。
それはもう、誰から指摘されるまでもなく分かってる。
でもそれは、ある意味、仕方がない事だと思ってた。
ACだし、心の一番奥深いところに刻み込まれたトラウマが原因だし。
それは、一生背負って歩く、人生の十字架のようなものだと思ってた。

でもだ、通院の道すがら、私はずっと考えていた。
今、一人でいる事の意味、重要性、必然性...


私には、人生を賭けて行うべき事業がある。
十代からその意味を問い続け、二十代からはその為に生きてきた。
これもそうだ、あれも必要だと、目の前にあるものを全部、ガムシャラに、自分に取り込みながら生きてきた。
自分で言っちゃうのもバカだけど、ある意味、奇跡的な人生だと、私は思う。

またこの事業、誰もやろうとしないんだ。
掛け声ばかりでさ、その実、誰も本当に責任を持とうとしない。
少なくとも、私の目の届く範囲内には、ミアタラナイ。
そりゃ分かるよ。
大変だもん。
臆病風の一つも吹くさ。
尻込みするのも、よく分かる。

だから、私がやる。
その為に生きてきたんだから。
これはもう、私の中の決定事項だ。

そして、これが大切なポイントなんだが、誰もやろうとしないという事は、私は必然的に孤独になるに決まっているんだ。
私が起ち上がって、行動を起こして、その後に、志を同じくする人が続くんだ。
本当に価値ある事業ってのは、そうやって進んでいくんだ。
私は、そう、教わってきた。

そこで、冒頭の言葉が、今までにない重みで、私の心に迫るんだよ。
私はやっと、この言葉の意味を知る為の、智慧の門の前に、やっと立ったばかりなんだな。
クッソォ~、やっとこさでココかよ!
チクショウめ!


この門をくぐるのは、えらく勇気が要る。
とてつもなく、要る。
でもだ、この門をくぐる為に、今までの54年があったんだと思うと、くぐらざるを得ない。
そんな大それた事を、俺が?と心はおののくんだが、くぐらなきゃ、自分の人生の否定になっちまう。
だから、くぐる。
そんな私を心待ちにしてくださってる人たちもいるしさ。
何よりも、そんな私に育ててくださった方がいる。
人の恩に応えなきゃ、私は人間でなくなるからね。
私なんかが存在していい理由が、消滅するんだ。
イヤだよ、そんなの。
私は生きたい。
生きて、私の存在理由を自力で証明してやりたい。


くぐるのは智慧の門だけど、鍵は勇気なんだ。
底なしの勇気。
私の中に、そんなものがあるかどうか、なんてことはどうでもいいんだ。
あるに決まってると覚悟して、挑戦する。
私の人生、いつだって一か八かだったんだから。
そんなノリでいいんだよ。
毒を食らわば皿までよw