深夜にメールがありました。
私のブログを読んだそうです。
一日中、覚醒することができず、夜中にやっと覚醒したそうです。
読んで、泣いてくれたそうです。
久々に泣けたと、書いてありました。
あぁ、嬉しい。
泣けてもらえて、本当に嬉しい。
少しでも心が軽くなってくれれば、私は嬉しい。
もう一歩踏み込んで、伝えたい想いがありました。
モヤモヤとして形になっていませんでしたが、書いている内に見えるだろうと、もう一度、言葉を綴り始めました。
しかし、二つ前のエントリーで書いた通り、私から連絡を取る術がありません。
やむをえません。
こう何度も公開告白するのも気が引けますが、これ以外に方法がありません。
もう一本、新たなエントリーをアップしました。
「真実の慈愛」です。
彼女からのメールの末尾に、こうありました。
離れていても どれだけ 月日が経っても 15年まえから 何一つ変わらない貴方。
普遍的な 奇跡の慈愛に感激です。
普遍的な 奇跡の慈愛に感激です。
いやいやいや、感激してるのは、私の方だし。
感謝しなければならないのも、私の方。
本当に色んなことがあって、色んなことがあり過ぎて、今こうして生きてる事自体が奇跡みたいなものだもん。
そんな中で、私は全てを手離した。
皆んな、いなくなっちゃった。
唯一の例外、彼女を除いて。
言葉を綴りながら、私の真意はどこにあるのかと確認しながら、慎重に言葉と表現を選びつつ、15年を振り返ったのです。
そうした慎重な作業の中で、私はやっと気づいたんです。
私の方こそが、ずっと救われ続けていたんだって。
彼女こそが、いつもいつも、私の一番の理解者だったって。
彼女だけが、私を見捨てなかったんだって。
15年間、ずっと、ずっと…
不器用なほどの回り道。
でもイイ!
最後が良ければ、全てが良くなるんだから。
その未来をたぐり寄せよう。
必ず未来を切り拓こう。
愛してると、口にするのは簡単で
すればするほど、水くさくなる
愛を語るのも簡単で
語れば語るほど、嘘くさくなる
愛の表現に最もふさわしい方法は
人生をもって綴ること
互いが互いを高めあった事実と歴史が
雄弁に愛を語る
愛する人と生きるなら
そんな恋愛譜こそを綴りたい