NHKスペシャル 老衰死 を観る。
こういう切り口で、骨太な内容の番組を作れるのは、さすがはNHKさんだと思う。
番組を観ていて、5年前に亡くなった義母と、一昨年亡くなった実父が思い起こされた。
二人とも70代での旅立ちだった。
今時の高齢化の流れの中では、比較的、早目の旅立ちだったかも知れない。
しかも、二人とも末期ガンを患った上での旅立ちであったので、番組で言う「老衰死」とは、やや趣を異にする。
それでも、その最期の姿は穏やかだった。
緩やかな衰弱。
家族に見守られている安心。
その中で、二人とも眠るように息をひきとった。
番組内で紹介された言葉“Quality of Death”。
二人とも高いQODを示した最期だった。
話は変わるのだが
前回のエントリーで、二人目の妻と一緒になる時、苦しむと分かっていながら、敢えて一緒になったと書いた。
書きながら、これでは別れた妻に、何か非でもあったかったような、問題でも抱えていたかのような印象を与えるなぁと思いつつ書いた。
確かに私は苦しむことにはなったんだが、妻のおかげで助けられた面も多々あったのに。
楽しかった想い出も、たくさん作れたのに。
そして、苦しめたおかげで、今の私はあるのに。
彼女に私は感謝こそすれ、非難などできようはずがない。
でもだ、そんな妻に、私は一緒になることで何ができたのだろうか。
妻は私と一緒になって幸せだっただろうか。
そんな思いも、心のどこかにある。
私も苦しんだが、不本意に私を苦しめることになった妻も、大いに苦しんだことは間違いないのだから。
そんな私にとって、今回のNHKスペシャル 老衰死 は、一筋の光明になった。
私が妻のためにできた、最大の功績。
それはたぶん、母親の最期の時を、母親と二人で過ごせる環境を整えられたこと。
つまるところは、その一点に尽きるように思える。
たくさんの人たちのご協力と、度重なる信じられないような幸運があって、実現できた奇跡だった。
その内容は、とても一言二言では綴れるものじゃない。
妻のお母さんは、妻がまだ幼い時に統合失調症を発症した。
幼かった妻は、何度も何度も、お母さんに振り向いてもらおうと、声をかけたそうだ。
でも、心の中の呟きや叫びに翻弄され続けていたであろうお母さんは、そうした娘の声かけに応えることはなかったそうだ。
妻の言葉を借りれば、お母さんはいつも壁に向かって、いない人と喋っていたという。
症状は重く、何度も入退院を繰り返したとも聞く。
すがるようにして、無償の愛情を母親に求めつつも、決して応えてもらえなかった妻。
想像するだけで、あまりの寂しさや空虚感に、私の胸も潰れそうになる。
その後、お母さんは、病気の総合商社とも言えるような、壮絶な闘病の人生をおくる。
そして末期ガンを患った晩年、少しでも苦しくなったり寂しくなると、常に娘の名前を呼んでいた。
仕事に出て、家を不在にしている娘の名前を呼びながら、私の仕事部屋に入ってくるのが、常だった。
幸か不幸か、妻の勤め先が倒産したことで、妻はお母さんの最期の2ヶ月強を、お母さんと一緒に過ごすことができた。
本当に苦しそうだったお母さん。
体の衰弱が進むにつれ、お母さんの居室には、酸素吸入器、酸素ボンベ、点滴台と、どんどん荷物が増えていき、まるでICUさながらになっていった。
妻の携帯電話には、かかりつけ医の緊急連絡先が登録され、ナースコールよろしく、電話一本で数分のうちに飛んで来てくれた。
気がつけば、お母さんの最期がいつ訪れても大丈夫な、万全の体制が出来上がっていた。
お母さんの居室のすぐ隣、リビングルームでは、妻がいつでもお母さんの呼びかけに応えられるようスタンバイ。
お母さんの体の衰弱は、日を追うごとに激しさを増した。
本当にお母さんは苦しかったと思う。
でも同時に、お母さんの人生で、あれだけの期間、娘を側に置いて過ごしたのは、あれが初めてだったのではないかと思う。
苦しくはあっただろうけど、お母さんの人生で初めて、不安とは無縁の、穏やかな心で、安心して過ごせた日々であったのではないかと思う。
そしてそれは、妻の無念を晴らすことにもなった筈だ。
お母さんのお母さん、つまり妻の祖母だが、妻は祖母の最期を看取ることができなかった。
どうしようもないことだったが、妻は悔いていた。
決して私は、妻に、お母さんの最期を看取らせてあげたいと願っていたわけではない。
妻のお母さんは、私のお母さん。
お母さんと一緒に暮らせる環境を整えるのは、夫として、義理の息子として、当たり前の責務だと思っていただけだ。
それに、母を早くに亡くし、悔いを残していた私にとって、これ程の幸運はない。
妻と妻のお母さん、そして多くの人たちが、私にチャンスを与えてくれたようなものだ。
その結果として、妻に添い寝されながら、お母さんは息をひきとることができた。
お母さんの声を聞くことは叶わないが、どれほど安心していたことだろうかと思う。
人生で一番幸せな瞬間を、その時、迎えられたのではないかとさえ思う。
死は避けられない。
ならば、死は決して忌むべきものではない。
死は、生と同様に、積極的に受け入れられるべきものでなければならない。
生は死のためにあり、死は生のためにある。
生と死は等価である。
ならば、幸せな死は、幸せな生であったことの証明に他ならない。
私が妻と一緒になって、妻のためにできた最大の貢献。
それは、そうした生と死の等価性をお母さんの身の上で証明してみせる、その環境を整えたことに尽きるのではないか。
番組を観終わって、別れた妻に、改めて礼を言いたくなった。