私の人生を、チョット振り返ってみる。

生まれ落ちてから、大学を卒業するまで。
ここが私の人生の第1期かな。

幼い頃、本当に辛かったのだと思う。
この日常が夢であって欲しいと願いながら、何度、眠りについたことだろう。
でも、起きるとそこは、昨日と変わらない凄惨な日常。
そんな記憶が残っているぐらいだから、本当に辛かったのだと思う。

そんな生活が変わり始めたのが、小学二年生。
同時期に、病気体質との戦いも始まったっけ。
B型肝炎とか神経痛とかの発症がこの頃だもんなぁ。

そんな第1期は、自分の可能性を探る期間だった。
限界を超えてでも、頑張る。
あまり人には勧められた生き方じゃないけど、人一倍病弱だった私が、普通の人と競り合うためには、限界を越える必要があったんだ。
そんなスタイルが固まったのが、この第1期。
たくさんの人達によって支えられた。
本当に人間関係には恵まれていた。
そして、基本、自分のために頑張っていればいい時期でもあった。


第2期は、大学卒業から最初の離婚までかな。

卒業と同時に結婚。
その三ヶ月後には、娘が誕生。
社会の荒波に揉まれ、手痛い洗礼を受けた。
強くなければ幸せになれない事を学んだ。
こんな私と結婚してくれた妻には、常日頃から感謝しかなかった。
妻には本当に迷惑をかけたと思ってる。
こんな訳のわからないAC野郎に、困惑することが多々あったハズだ。
よく一緒に生活してくれたと思う。
ま、最後は、私の生き方を「もの好き」の一言で斬って捨てられ、それで離婚を決意するんだが。

娘にも感謝しかない。
娘と揉みくちゃになりながら過ごした10年間は、私にとってはかけがえのない、宝物のような期間だった。
何かと不安定になりがちな私を支えてくれたのは、間違いなく娘だった。

そしてこの期間も、自分の可能性を存分に開発し、より一層、社会に向けて自分の力を試す時期となった。


再婚してから離婚した去年までが、第3期かな。

第2期までは、与えられた環境の中で、自分の可能性を探り、開発した期間。
第3期では、敢えて自分で困難を選択し、挑戦した期間。

敢えて自分で困難を選択し、なんて書くと、せっかく結婚してくれた奥さんに申し訳がないんだが(私の方が半ば強引に入籍させたからね)、それだけの覚悟をもって、彼女とは結婚した。
彼女は本当に純粋だった。
実態は分からないまでも、大きな問題を抱えていることも、直感していた。
でも、彼女の純粋さに応えたい。
私なら応えられるかも。

そんな一言で片付けられる話ではなかったんだけど、基本はそこだった。

彼女は全く悪くないんだけど、確かに相当なストレスを、日々、感じた。
彼女の仕事の休みに合わせて、私も時間の都合をつける。
自営業だったので、そんなマネもできたけど、私は心のどこかで、早く平日がこないかな、彼女の出勤日が来ないかなと願っていた。
そんな日々のストレスもあって、約束していた禁煙を破ることになり、離婚。
あれは心折れる事件だった。

彼女は本当に私の健康とか、仕事とか、もっと言えば人生とか、真剣に考えてくれたんだけど、どこかいつも必ずずれていた。
彼女が悪いんじゃない。
彼女の病気が悪かったんだ。

そうした状況から逃れたくて、私の心にも魔が差した。
そうした事が、より状況を悪化させるんだが、それは後のお話。

1年半後に再入籍するのだが、本当の挑戦は、ここから始まった。
色んな事はあった。
でも、結果的には、全てを乗り越える事ができた。
妻の人生を賭けた訴えで、禁煙もできた。
人生の大切な事を、彼女のおかげで、山のように学ぶことができた。
昨年、離婚したのだが、彼女には本当に感謝しかない。


今は人生の第4期に入ったと思っている。

いよいよ、私の本領を発揮する期間に入った。
そのための、どこまでも自分らしくあることへの覚悟と挑戦。
そのための、自身の弱さの超克。
初心の再確認。
これまでの人生で学び取った、膨大な智慧への感謝。
今は、毎日が発見である。
毎日が、再確認でもある。
毎日が励ましであり、励ますことで私が励まされる。
その繰り返しだ。

どれだけ恵まれた人生を歩んできたことか。
どれだけ恵まれたポジションに立っていることか。
毎日、そのことを痛感し、もう感謝しかない。

あとは死ぬまで、倦まず弛まず、着実に一歩一歩、前に進むだけだ。
1ミリでもいいから、前に進み続けるだけだ。
私は、前に進んでさえいれば、それだけで間違いなく、私の仕事を成し遂げるだろう。

そう思えるたびに、また感謝の想いがこみ上げる。

私は間違いなく幸せ者だ。