何年ぶりかな、一人ぼっちで、彼女もいないなんて。
前の奥さんが東京に帰っちゃった時からだから、18年ぶり?
本当は彼女はいる。
一緒に生きる約束もしてる。
私のいない人生なんて考えられない、とも言われてる。
でも、訳あって、今は会えないし、連絡もとってない。
だから実質、いないも同然。
ただ、私の様子は彼女に分かるように、毎日、ブログを綴っている。
ここ、アメブロではないけどね。
彼女は戦ってる。
自分と戦ってる。
誰にも理解不能な、特殊な事情が、彼女にはある。
私だけは、理解できてる。
不思議なことに、私には分かる。
ま、そうした特別な事情、平たく言えば解離性同一性障害なんだけど、そんな自分と向き合っている。
因みに、彼女の障害はちゃんとしたエビデンスがある。
医療機関で、各代替人格の精神分析も行われてる。
言い方はおかしいが、由緒正しい解離性同一性障害なんだ。
本人の人格以外に、八人の人格。
私は全員と仲がいい。
親友もいる。
娘もいる。
息子もいる。
彼女に至っては、本人も含め三人いる。
そうした彼女の生きにくさは、尋常ではないわけだ。
でも、そこに私は介入できない。
彼女たちが彼女たちの自力で、生き抜く覚悟を固めなければならない。
その合意形成の為に、自分に挑戦している。
内容は知らない。
全ては、彼女を信頼してる。
そうした彼女は、「必ず帰ってくるから、信じて待っていて」と言って、私の部屋を出て行った。
私には、その一言だけで十分だ。
待っている私も、問題を抱えている。
実の親から心をズタズタにされながら育てられたんだから、当然だ。
色んな問題があったが、一つ一つ乗り越えてきた。
常に問題と真正面から向き合い、痛い目をみながら乗り越えてきた。
決して清廉潔白な人生なんかじゃなかった。
色んな寄り道もしたけど、結果として、乗り越えてきた。
そして、今も、私の中の問題と向き合い続ける毎日だ。
少し前まで、寂しくて寂しくて、しかたがなかった。
春には二度、死のうとしたっけ。
寂しくて、不安で、震え上がっていた。
今、不安は、かなりのところまで乗り越えつつある。
寂しさも、まぁかなり根深いので辛いんだが、これも以前を思えば、随分と改善してきた。
でも、まだまだだ。
ほんのチョットのことなんだけど、まだまだだ。
自分のままでいる事に、まだ迷いがある。
わずかに自分への不信がある。
本当に些細な迷いや不信だけど、その些細さが決定的だ。
毛筋ほどの迷いも不信も、自分らしくある為には絶対に禁物!
まだ彼女は帰ってこない。
それでイイと思っている。
今、帰ってこられても、私の方の準備が整っていない。
こんな私では、ダメなんだ。
私らしくいられない私では、ダメなんだ。
明日も自分と向き合おう。
明日も自分と戦おう。
答はすべて、自分の中にある。