私には、今年29歳になった娘がいる。
もう5年も会っていない。
最後に会ったのは、私が喪主をつとめた、私の祖母の葬儀。
ひ孫になる娘は「お婆ちゃんの葬式に出たい」と、わざわざ夜行バスに揺られて、東京から駆けつけてくれたのだ。


娘とは、彼女が小学5年までしか、一緒に暮らしていない。
妻がどうしても東京に戻りたいと言うので、娘には「お母さんを頼む」とお願いして、一緒に戻ってもらった。
3年の別居生活の末、今後も同居が叶わない現実を鑑み、離婚を決めた。
娘の親権は、別れた妻がもった。


私は娘が大好きである。
娘もまた、妻が呆れるくらいのお父さん子だった。
文字通り、私の膝の上で育てた。
彼女の定位置は、常にあぐらをかいた私の足の上だった。


手などを上げたことはない。
一度だけ叱りつけたことがあったが、あれは私のやり過ぎだった。
とても反省しているし、あれ以来、娘を叱ったことはない。
叱る代わりに、なぜそのような事をしたのかと、優しく問いかけ、彼女の言葉で理由を語ってもらった。
その上で、私の考えを娘に話し、後は娘自身に考えてもらい、決断してもらった。
そんな事を、何度も何度も繰り返した。


ところがだ、娘は私の前では、決してワガママを言わなかったんだ。
一度、「ワガママを言いなさい!子どもはワガママを言うものです!」と、娘に注意をしたことがある。
娘は、キョトンとした顔をしていたっけ。


彼女は、常に私の顔色をうかがっていた。
私が幼い頃、常に母親の顔色を伺っていたように。
そして彼女は友達に、「私のお父さんは怒ると怖いんだよ」と話していた。
たった一回、まだ3歳の頃に叱ったことがあるだけなのに。
少しショックだった。


でも、娘の本意が、今ならば少し分かる。


娘は、私に叱られた記憶から、怒らせると怖いと、発言したのではない。
娘は私に、常に神経質で、何かあるとすぐに癇癪玉を破裂させそうな、そんな空気を感じていたんだろうと思う。


私は自分の幼少期の経験から、自分の娘にはとことん甘えさせてやろうと決めていた。
何でも話を聞いてあげようと、決めていた。
機会さえあれば、ジッと見つめてあげようと決めていた。
一緒に遊び、一緒に笑い、そしてよくケンカした。


それでもだ、娘は娘なりに、私の心に刻まれたトラウマを、敏感に感じ取っていたのだと思うのだ。
だから、先の発言になったのだろうと推察する。


私なんかに気を遣わせて、本当に申し訳なかったと思うのだが、同時に、この娘は、そんな私のために生まれてきてくれたんだなと、感謝の思いが尽きない。
事実、娘の存在があったればこそ、娘と暮らせた10年間は、今思い返しても、とても幸せだった。
メンタル的に非常に苦しんだ時期でもあったのだけど、娘の存在が、メンタルな崩壊を防いでくれたのだから。


数年前、その感謝の気持ちを、言葉で伝えた。


照れるぜ、親父!


それが娘の返事だった。


この娘は、本当に小さい頃から、無意識の内に、自分の両親が離婚するんじゃないかと危惧していたフシがある。
その物語は、また、別の機会としよう。