幼いとき、そう、あれは私が小学一年生の頃だと思う。
光速エスパーという、少年向けの実写版SFドラマが放映された。
「イー・エス・パー!」というかけ声で、主人公の少年は強化服を身にまとい、地球上はおろか、宇宙まで飛んでいって、難問題を解決するという筋書きだったと思う。
当時の少年達は、この等身大のヒーローに、強く心を惹かれたものだ。
自宅に二階の窓から「イー・エス・パー!」と叫んで飛び降り、骨を折ったという事件が頻発するという社会現象まで引き起こした。
当然のごとく、私もこのヒーローに心を惹かれた。
私にも、この主人公のような特殊能力が備わっていないものかと、強く願ったものだ。
当時、一人遊びばかりして、妄想の中に生きていたような私だった。
貧乏で、凄惨で、楽しいことなんかこれっぽっちもなかった。
「これが夢で、朝、目覚めたら夢から覚めていればいいのに」
そう何度、願っただろう。
そうした現実から逃れたい願望が、より一層、ヒーローへのあこがれとなったのかもしれない。
しかし、所詮は6・7才の子どもだ。
しかも家庭は、問題だらけだ。
何の力も、あるはずがない。
しかし、なぜか私は、しぶとくしぶとく、それでも僕には、人とは違う力があるに違いないと信じていた。
根拠なんてない。
不思議なことに、ただただ、そう信じていたんだ。
年を重ねる毎に、周囲の家庭や友達と自分との違いを、痛いほど思い知らされることになる。
残酷なぐらい貧乏だったし、非情という言葉は我が家のためにあったのではないかと思えるほど、愛情が欠落していた。
残虐な父。
絶望に溺れる母。
社会の掃きだめの住人のような父母を見るのが、嫌で嫌でしかたがなかった。
そうやって、自分がおかれている環境と、友人達の環境が大いに違うことに、否が応でも気づかされるんだけども、それでも私には、人にはない特殊能力があるに違いないと信じていた。
ずっと。
しかしだ、そんな私の想いとは裏腹に、現実はあくまでも残酷だった。
そんな中、私はこう自分に言い聞かせていた。
私が本当に力を発揮するのは、五十代だ。
今はこんな情けない、何の力も持たない僕だけど、五十代の僕は違う。
今はどんなに情けない思いをして、どんなに人に笑われても、五十代の僕は笑ってるだろう。
なんとも不思議な小学生だった。
今、五十代も半ばに差し掛かった。
私は、当時の私を褒めてやりたいと思う。
よくぞ卑屈にならなかったな、と。
よくぞ自分を信じてくれたな、と。
本当に色んな事があった。
本当に色々とありすぎた。
そしてたぶん、今が私の人生の中で、一番のどん底。
それでもたぶん、今が私の人生の中で、一番自由。
そして間違いなく、今が私の人生の中で、一番幸せ。
そして今が、一番、可能性に満ちている。
せっかく人間に生まれ落ちたんだ。
その人生、謳歌せずにはおくものか。
光速エスパーという、少年向けの実写版SFドラマが放映された。
「イー・エス・パー!」というかけ声で、主人公の少年は強化服を身にまとい、地球上はおろか、宇宙まで飛んでいって、難問題を解決するという筋書きだったと思う。
当時の少年達は、この等身大のヒーローに、強く心を惹かれたものだ。
自宅に二階の窓から「イー・エス・パー!」と叫んで飛び降り、骨を折ったという事件が頻発するという社会現象まで引き起こした。
当然のごとく、私もこのヒーローに心を惹かれた。
私にも、この主人公のような特殊能力が備わっていないものかと、強く願ったものだ。
当時、一人遊びばかりして、妄想の中に生きていたような私だった。
貧乏で、凄惨で、楽しいことなんかこれっぽっちもなかった。
「これが夢で、朝、目覚めたら夢から覚めていればいいのに」
そう何度、願っただろう。
そうした現実から逃れたい願望が、より一層、ヒーローへのあこがれとなったのかもしれない。
しかし、所詮は6・7才の子どもだ。
しかも家庭は、問題だらけだ。
何の力も、あるはずがない。
しかし、なぜか私は、しぶとくしぶとく、それでも僕には、人とは違う力があるに違いないと信じていた。
根拠なんてない。
不思議なことに、ただただ、そう信じていたんだ。
年を重ねる毎に、周囲の家庭や友達と自分との違いを、痛いほど思い知らされることになる。
残酷なぐらい貧乏だったし、非情という言葉は我が家のためにあったのではないかと思えるほど、愛情が欠落していた。
残虐な父。
絶望に溺れる母。
社会の掃きだめの住人のような父母を見るのが、嫌で嫌でしかたがなかった。
そうやって、自分がおかれている環境と、友人達の環境が大いに違うことに、否が応でも気づかされるんだけども、それでも私には、人にはない特殊能力があるに違いないと信じていた。
ずっと。
しかしだ、そんな私の想いとは裏腹に、現実はあくまでも残酷だった。
そんな中、私はこう自分に言い聞かせていた。
私が本当に力を発揮するのは、五十代だ。
今はこんな情けない、何の力も持たない僕だけど、五十代の僕は違う。
今はどんなに情けない思いをして、どんなに人に笑われても、五十代の僕は笑ってるだろう。
なんとも不思議な小学生だった。
今、五十代も半ばに差し掛かった。
私は、当時の私を褒めてやりたいと思う。
よくぞ卑屈にならなかったな、と。
よくぞ自分を信じてくれたな、と。
本当に色んな事があった。
本当に色々とありすぎた。
そしてたぶん、今が私の人生の中で、一番のどん底。
それでもたぶん、今が私の人生の中で、一番自由。
そして間違いなく、今が私の人生の中で、一番幸せ。
そして今が、一番、可能性に満ちている。
せっかく人間に生まれ落ちたんだ。
その人生、謳歌せずにはおくものか。