もうモグラ叩きだね!
これも幼い時のトラウマが原因なのかなぁ。

25で結婚した。
娘はもう29になった。
何年も会ってない。

私がまだ二十代の頃、夜になるたびに、よく原因不明のイライラや焦燥感に襲われて、とても困っていた。
既に結婚していたのだが、その不安定な心の有り様を、妻に説明できる言葉が見つからなかった。
ただただむやみにイライラがつのった。

一人で布団を廊下まで引っ張り出し、一夜を過ごす、なんて奇行もよくやった。
深夜に車で表に出て、夜の甲州街道を西へ西へとひた走り、塩尻から名古屋に向けて南下。
東名高速を走って東京に戻る、なんて訳のわからない行動も、よくやった。
とにかくジッとしていられない。
一人でジッとしていると、とても不安な気持ちに襲われる。
その不安を忘れたくて、そうした奇行に走っていたんだと思う。

あれから二十年以上経ち、そうした奇行は影を潜めた。
影を潜めた、と言うよりは、家族の生活を支え、自分の仕事をやり抜くことにただただ懸命にならざるを得なかった。
なので、そうした不安定な心理状態に、浸っている、時間的な余裕がなかったのだと思う。

そして肉体的、精神的なストレスは限界を超え、倒れた。
48の時だ。

あれから6年。
若い頃から私を追い立ててきた不安感と、今頃になって私は向き合っている。
とてもとても根が深いようだ。
向き合えば向き合うほど、掘り返せば掘りかえすほど、次から次へと不安感が湧き上がってくる。

先月中旬のことを思うと、心が縛り上げられるような感覚がなくなった分だけ、楽になったとも言える。
しかし、やはり心の奥底で、何かの不安感がトグロを巻いているのを感じる。


さて、二十代では奇行に走った。
三十代では、自虐的と言っていいほど、目の前の事に神経を集中させ、体力の限界を乗り越えてでも仕事に打ち込んだ。
四十代は、仕事の上に、重篤な病を抱える家族三人を抱え込んで、その生活を支える事に没頭した。
それは体力と精神力の限界を超えて、頑張り続ける事だった。

六年前に倒れて、一時は心が折れた。
もう楽になりたいと考えた。
楽になれるならと、家出もした。自殺もした。
確実に死ねるはずだった。
しかし、とっくに意識を失っていた私は、全くの無意識の内に、死から逃れていた。
その後、今年に入り、二度の自殺未遂を起こす。
一度目は、ただただ逃げたいばかりだった。
二度目と三度目は、自分という存在があり続ける意味を見失ったことが、動機だった。
それ以外に、自殺と言えるほど積極的ではなかったが、親父と二人で静かに死を迎えようと覚悟を決めたことはある。
また日常生活の中で、数え切れないほど、死を意識せざるえない強いメンタルな現象に苦しんだ。

そんな風に七転八倒の54年間を生きてきた。
もう二度と自殺などという、自分への冒涜行為は行わない。
今は、ただただ生き抜いてやろう。
どんなに惨めな思いをしても、私らしく生き抜いてやろう。
バカにされようが、コケにされようが、私らしさを貫いてやろう。
ただただ、そう思うばかりだ。

私という人間の人生は、これ一度きりなんだ。
だから、悔いは絶対に残したくない。
私であったからこそ経験できた事を総動員して、この現代社会と、自分自身のメンタルな問題に抗い続けたい。
死を迎える最期の一瞬まで、ファイティングポーズをとり続けてやりたい。

この経験、この思いを共感できる仲間はいない。
とても孤独だ。
何もかも手探りだもの。
お手本になる人もいない。
だから不安に駆られるのも、不思議ではない。

だからこそ、私は負けたくない。
自分の中の不安に負けたくない。
必ず勝ち越えたい。

そうする事で、きっと遠くない将来、現在の私のような不安を覚えている人に、手を差し伸べられる存在になれると思うから。
孤独に震えている人に、一人ではないんだよと、希望を送れる人になれると信じているから。

そんな人間になれ時、私は本当の意味で、心からの悦びを得る事ができるに違いない。
そのために、苦しんできたんだ。

そう実感できた時、苦しかったばかりの人生が、そのまま歓喜の人生に変わる。
そして、頬を喜びの涙がつたう。