前々回の通院の時のお話。

外来の待合室に、私と年代的に同じぐらいの女性が座っていた。


ヘェ~、こんな人でも精神科にかかるんだ!


ぱっと見、精神科にかかるタイプには見えなかった。
もっと感じたままに言うと、たとえ精神科にかからなければならない病的な要素を抱えていても、決して自分では精神科にかからないタイプ。
認めないタイプ。
だから、不思議だなぁ~と思った。


そして、その理由は、少しして分かった。
その女性が待合室に現れて、さほど時をおかずに、その女性の娘さんとおぼしき若い女性が、入院病棟の方から現れた。
あぁ、ナルホド。
このお嬢さんの診察に、母親の同席が必要と判断されて、ココに不本意ながら来ざるを得なかったんだな。
その不本意感をプンプンと振りまきながら母親は座っているもんだから、ここまでの事は、直ぐに察しがついた。


娘さんは、久しぶりに母親に会えて嬉しかったのだろう。
満面の笑みで、母親に近づき、隣の席に座った。
しかしだ、母親はそんな自分を慕う娘の姿などにはお構いなく、言葉を尽くして娘を面罵するんだ。

娘さんの表情が、段々と凍り付いていくのが分かる。
最初は母親の方に差し伸べようとしていた両手も、重く、強く、自分の膝の上で佇んでいた。
それでも母親の容赦ない面罵は続く。
娘さんはもう前を向くしかなくなり、その両手は、自分の膝がしらをガシッと強く、さらに強く、握りしめる。
それでも母親の口撃は止まない。
娘に、一筋の涙だって流す隙も与えない。
娘さんにすれば楽しみで仕方がなかった母親との再会。
変化とは無縁で、息がつまる一方の閉鎖病棟を出られる、絶好のチャンス。
そんな色々なポジティブな想いが、一瞬にして、地獄の落胆に変わる。

私は目の前でその様子を眺めていて、胸の中にグジュグジュした嫌なものを感じていた。
私には何もできないし、手を差し伸べる権利もないんだけど、できようならば、その娘さんを抱き締めてあげたい衝動も感じていた。
あなたは何一つ、悪くは無いんだよと、声をかけたかった。
そんなもの、大ヤケドを負った上にバンドエイドを貼った程の効果もない、気休めにもならない事だと分かっていてもだ。


その母娘の番号が呼ばれた。
最初は母親だけが、診察室に呼ばれた。
長い時間、母親が診察室から出てこなかった。

やっと出てきたら、次は娘さん。
しかし、母親は娘が診察室から出てくるのを待つ事なく、こんなところからは一刻も早く出て行きたいとばかりに、受付近くのロビーで腕組みして、娘が出てくるのを見ていた。
待っていた、のではなく、見ていた。

娘さんの診察は、ごく短時間。
出てきた娘さんは、まだ母親と一緒に時間を過ごしたそうだったが、受付近くのロビーで腕組みし、自分を睨み付ける母親の姿を認めて、それは叶わない願いなんだと観念したようだった。
その観念した娘を見て、母親は何の未練も残さず踵を返し、お会計を済ませ、サッサと病院を出て行った。


その次に診察室に呼ばれたのが、私だったのだ。
診察室の中には、まだ陰惨な空気が漂っていた。


先生、大変ですね。


何のことです?


いや、さっきの母親と娘さんですよ。
あのお母さんでは、娘さんが…


あぁ…
あなたは本当に、そういう事への感受性が高いから。


私の要らぬおせっかいである。
しかし、こういう時に「感受性」って言葉、ふさわしいのかなぁ。
確かに敏感ではあるんだが。
敏感に過ぎるから、こういう病気で、こういう症状で困っているんだけど。


最近になって、さらにこの種の感覚が研ぎ澄まされてきているのを、強く感じる。
例えば作業所だ。
色んな利用者さんが居るんだが、特に女性の利用者さんの能面のような表情の上には、「私には関わらないで下さい。そっとしておいて下さい」という但し書きがぶら下がっているのを、強く感じる。
私が男性だから、という事もあるのかも知れない。

普通に生活している、一見、普通にしている人についてもそうだ。
もう自分で嫌になるぐらい、その人のメンタルな問題が表ににじみ出て見えてくる。

そして、これがとても厄介なのだが、決してその問題に触れてはならないんだ。
良かれと思っても、絶対にダメ。
その時が来るまで、その機会が訪れるまで、黙って見守って、我慢するしかない。
なぜなら、そういうメンタルな問題は、理屈でどうにか当人に納得させられるとか、そういうものではないからだ。
その時、その機会が訪れるまで、当人に苦しんでもらうしかない。
あともう一歩の気づきさえあれば、自力で壁を破る事ができる、というタイミングまで、周囲は見守り、待つしかない。


因業な感覚を持ったものだね。
でもたぶん、コレがこれからの私の人生には欠かせない、大切な武器になるんだと思う。