今日も高橋裕子は、私の部屋にやって来ました。
正確に言うと、最寄りバス停から近所の喫茶店に移動。
一緒にブランチをとり、エスプレッソ用の豆を200グラム購入してから、私の部屋に移動。
夕方四時半まで、私の部屋で過ごしました。


途中、彼女の実の弟が、偶然、私の部屋を訪れました。
そこで二人は、久しぶりの再会を果たしたのですが、その時の裕子のパニックぶりときたら...
また機会があればぜひ書きたいのですが、今日は触れません。
日々、起こる事があまりにも多く、深く、語るに余ることばかりです。
果たしてブログに綴っていいものやらどうなのやら、その判断にも困っています。


しかし、一点、どうしても早めに触れておかねばならないことがあります。


高橋裕子は、自ら望むことなく、偶発的な事件によりパニックを起こし、それを引き金として、一挙に全ての(彼女の中の)人格達と、記憶や意識を共有するに至りました。
それは以前から私が望んでいたことであり、同時に裕子にも常に「全て裕子だ。向き合わなければならない自分自身だ」と語り続けてきたことです。


実際にそのような結果を目の当たりにして、強く感じたことがあります。


おそらく高橋裕子は、今回の出来事を契機に、社会で生きていける状態、寛解状態に移行していくでしょう。
しかしこのような解決方法は、たまたま裕子であったから可能であったものであり、同じような問題で悩み苦しむ全ての人に推奨されるべき方法ではないということを、今の私は強く感じています。


今日の、実の弟との再会を果たしたときのパニックぶり。
一昨日の、彼氏宅を訪れたときのパニックぶり。
とある特殊な事情から、裕子はこの出来事を乗り越えつつありますし、きっと今後の生きる糧としていけるでしょう。
しかし、ここでは詳しく触れることができない、彼女の特殊な事情がない場合はどうなのか?
それはそれは、恐ろしい結末をもたらすことになる可能性が大です。


まだ自我も未成熟で、社会性もない幼い頃から受け続けてきた強度の心的ストレス。
そのストレスから自らを守るために、その成立のメカニズムは分からないにしても、確かに他人格を形成し、その他人格に一切のストレスを任せてきたのです。
このことを、どこの家庭にもある電源回路に例えてみれば、過度な電流が家庭内の電源用電線に流れて、漏電を引き起こしたり、さらには火災の原因になったりすることを防ぐ為に、自動的に作動するブレーカーのようなモノと考えられるのではないでしょうか。
さらに言えば、人間の場合は電気回路とはまた違って、その過電流を逃がすための保護回路がセットで機能しているようなものなのです。
電気であれば、電流が流れる回路を遮断すれば事足ります。
しかし、幼い子どもを襲う過度な心的ストレスの原因は、回路を遮断するだけでは排除できません。
自分に代わって過度な心的ストレスを受け止める主体者が必要です。
また受け止めるだけでなく、その感触、記憶までも、当人に代わって保持し続ける存在が必要です。
その意味で、自我を守るための保護回路として機能する代替人格が必要になります。
高橋裕子の場合、それぞれの代替人格の受け持ち分野が明確に分かれており、それぞれの役割をこなすための優れた特質を備えています。
41才になった現在に至るまで、彼女の本来の自我を守るために、幼いときからずぅ~っと機能してきたのです。
そんな特殊な保護回路付きブレーカー。
ちょっと乱暴なたとえですが...


そんな代替人格と不用意に主人格が意識や記憶を共有することになったら、どうなるか?
最悪、自我の崩壊?
高橋裕子のようにパニックを起こし、自殺を決意する?
何をどのように考えても、ろくな結果を招きそうにありません。


私の考えがそのような可能性に至ったとき、前回で触れたような内容は、不用意に世間に晒すべきではなかったと反省したのです。
非常に危険な行為であったと、反省したのです。


では、なぜ高橋裕子では、それが大丈夫なのか?
また、なぜ私は彼女は自分と向き合うべきと考え、訴え続けてきたのか?
それは、私の根拠のない確信に基づいていました。
高橋裕子が、唾棄すべき環境にへばりつきながらも、26年間も生き抜いてきたという事実から得た、私の確信に基づいていました。


これは彼女にとっては、非常に酷な経験になるとは思っていました。
そんな酷な経験を経てまでも自分の人生を生き抜くために、誰かが彼女の側にいて、居場所を作り、支え続けなければならない。
そのように考えていました。
そして、その役目は私かもしれないとも思っていました。
養父宅を出るようにそそのかした張本人である、私の責任であると思っていました。


しかし、結果得られた現実は、私の予想を裏切っていました。
彼氏がそのような高橋裕子をしっかりと抱き留め、居場所を作りました。
そこに私の出る幕は、ただの一ミリもありませんでした。
私の役目は、どこまで影に徹して、この二人を支え、守ることでした。
彼氏も高橋裕子も、私のその役目を求めています。


このように奇跡的な幸運は、誰にでも訪れるものではありません。
同じ行為を、同じ結果を、他者に求めてはならない。
私はそのように考えるのです。


思えば私は、非常に幸運な男です。
このように奇跡的な出来事を目の前で見、触れ、語れるのですから。
今日は高橋裕子に言われました。
あんたイイよね!
この大変さ、この苦しさ、あんた想像できないでしょ?と。


本当にその通りでありまして、私は「あぁそうだよ」と応えました。
私にパンチが飛んできましたw
「でもね、今回はあんたがその役割を担ったけど、次はオレなんだぜ。前もオレだったんだぜ。二人でそう約束したんじゃん!だから次は頼むな!助けてくれよ」
などと、訳の分からない言葉を吐いている私でした。
裕子は「そうだよ!でもこれ、私が言ってるんじゃないんだけどね」と、これまた訳の分からない言葉が返ってきました。


説明はできないんだけど、そういうことなんです。
だから高橋裕子は特別だと、同じようなケースで同じような対応と結果を求めては危ないと思うのです。


わけ分からないでしょうけど、これが私の目で見た現実であり、真実なんです。