今日も今日とて午後3時まで寝ていて、やっと頭がスッキリとしたぱこちです。
ゴロゴロと雷鳴が長くなっていたんですが、どうも北部の中国山地の方らしく、こちらはまったく天気が崩れません。
全国のあちこちで大雨とか...
ここは降らないねぇ~(@Д@;
被害に遭われている地域の皆様には、お見舞い申し上げます!
それから我が家で、3時間ばかりも、あ~だこ~だと長話。
地域ネタ。
時事ネタ。
国際政治ネタ。
天文学ネタ。
物理学ネタ。
メンタルネタ。
無かったのは下ネタぐらいw
旦那さん、元来が理系の技術者です。
んでもって、なんで私がここにいるのか?という、極めて実存的な疑問を、一技術者としての視点からずぅ~っと考えているという、一言で言えば変わり者w
そんな話題でも盛り上がったんですが、私に言わせると、現今、確かであろうと目されている物理法則や、天文学における観測結果、その他諸々の研究結果から、演繹的に私たちの存在を解明しようなんて、ちゃんちゃらおかしいと思うのです。
でも、「ちゃんちゃらおかしい」なんて言ったひにゃ、それでお話が終わっちゃいますから、私なりの別視点からの考察アプローチを話してみたんです。
要は、どのような理論、観測結果があろうとも、私は確かにここに存在する事実には一ミリだって影響を与えない。
それほど1個の人間の存在は、確たるものだ。
そういう視点から出発する帰納法的なアプローチ、東洋思想の特徴ですが、それが必要だと思うのです。
しかし、そのようなアプローチを試みるためには、考察者に確たる思想・哲学が必要になるのです。
登山に例えて言えば、演繹法はベースキャンプから出発し、種々の観測、実験を重ねながらルートを探り、頂を目指すようなもの。
帰納法は頂から「ルートはこうであるに違いない」と推論を立て、推論に沿って麓を目指すようなもの。
その両方に一長一短はあるのですが、帰納法の「こうであるに違いない」と思い至るにたる十分な考察のベースに、思想・哲学が必要なんですね。
そういう意味では、妹の旦那さんと私には共通のベースがあるので、非常に話を展開しやすいし、お互いに理解を深め合いやすいのです。
そして気がつけば、NEWS23が始まる時間。
マレーシア航空機撃墜事件の報道を見終わって、3時間ほどの語らいは終わったのです。
妹と言い、このご主人と言い、苦境にあった私を「できることは何でもするから」と支えてくださいました。
感謝してもしたりない!
そして、会話の最後に、私が将来に向けた抱負を語り、そこに旦那さんも大いに賛同してくださり、話は幕となったのです。
昨日は少々凹んでおりました。
この語らいのおかげで、その凹みがウソであったかのような今日を迎えることができました。
嬉しきは、志を同じくする者の存在ですね~ヽ(´▽`)/
ゴロゴロと雷鳴が長くなっていたんですが、どうも北部の中国山地の方らしく、こちらはまったく天気が崩れません。
全国のあちこちで大雨とか...
ここは降らないねぇ~(@Д@;
被害に遭われている地域の皆様には、お見舞い申し上げます!
さて昨夜の事でもブログに書こう、その前にエスプレッソを淹れようと電気式モカのスイッチ入れたら、ブレーカーが落ちやんの!(つд⊂)エーン
我が家は30Aと、契約容量小さいからねぇ~!
(電化製品使いすぎとも言う)
昨夜はすぐ近所のお風呂屋さんで、年に一度のお客様感謝祭。
夜店も並び、カラオケ大会があったり、格安でビールが飲めたりするのですよ。
ま、私は興味ないので(お酒少ししか飲めないし)お家でグダァ~っとしてたんですよ。
したら、急な来訪。
妹の旦那さんでした!
ウェルカム!ウェルカム!ヽ(´▽`)/
このお方、会社の名前を明かせば知らない日本人なんかいないよ!ってか、世界的にもメジャーな会社だよね!という企業にお勤めの50代。
あと約2年で定年というお年なんですが、この方が、お風呂屋さんのお祭に遊びに来ていて、その帰り道に我が家に立ち寄ったのですよ。
聞けば、毎年、遊びに来ているんですってさ。
ビールが一杯100円なんだよ、4杯も飲んだよと、上機嫌!
それから我が家で、3時間ばかりも、あ~だこ~だと長話。
地域ネタ。
時事ネタ。
国際政治ネタ。
天文学ネタ。
物理学ネタ。
メンタルネタ。
無かったのは下ネタぐらいw
旦那さん、元来が理系の技術者です。
んでもって、なんで私がここにいるのか?という、極めて実存的な疑問を、一技術者としての視点からずぅ~っと考えているという、一言で言えば変わり者w
そんな話題でも盛り上がったんですが、私に言わせると、現今、確かであろうと目されている物理法則や、天文学における観測結果、その他諸々の研究結果から、演繹的に私たちの存在を解明しようなんて、ちゃんちゃらおかしいと思うのです。
でも、「ちゃんちゃらおかしい」なんて言ったひにゃ、それでお話が終わっちゃいますから、私なりの別視点からの考察アプローチを話してみたんです。
要は、どのような理論、観測結果があろうとも、私は確かにここに存在する事実には一ミリだって影響を与えない。
それほど1個の人間の存在は、確たるものだ。
そういう視点から出発する帰納法的なアプローチ、東洋思想の特徴ですが、それが必要だと思うのです。
しかし、そのようなアプローチを試みるためには、考察者に確たる思想・哲学が必要になるのです。
登山に例えて言えば、演繹法はベースキャンプから出発し、種々の観測、実験を重ねながらルートを探り、頂を目指すようなもの。
帰納法は頂から「ルートはこうであるに違いない」と推論を立て、推論に沿って麓を目指すようなもの。
その両方に一長一短はあるのですが、帰納法の「こうであるに違いない」と思い至るにたる十分な考察のベースに、思想・哲学が必要なんですね。
そういう意味では、妹の旦那さんと私には共通のベースがあるので、非常に話を展開しやすいし、お互いに理解を深め合いやすいのです。
そして気がつけば、NEWS23が始まる時間。
マレーシア航空機撃墜事件の報道を見終わって、3時間ほどの語らいは終わったのです。
妹と言い、このご主人と言い、苦境にあった私を「できることは何でもするから」と支えてくださいました。
感謝してもしたりない!
そして、会話の最後に、私が将来に向けた抱負を語り、そこに旦那さんも大いに賛同してくださり、話は幕となったのです。
昨日は少々凹んでおりました。
この語らいのおかげで、その凹みがウソであったかのような今日を迎えることができました。
嬉しきは、志を同じくする者の存在ですね~ヽ(´▽`)/